CityLifeNEWS 葉加瀬太郎氏スペシャルインタビュー 「少年時代・津雲台」編


葉加瀬太郎さんは1968年に吹田市で生まれ、幼少期を津雲台で過ごした。その後東京へ、世界へと活動の幅を広げているが、いまだに大阪でのライブに対しては「特別な気持ちを持たざるをえないです」と話す。世界的ヴァイオリニストは、津雲台でどんな幼少期を過ごしたのだろうか、また今、津雲台にどんな想いを抱いているのだろうか。お話をうかがった。

<津雲台で過ごした葉加瀬さんの少年時代>
 「情熱大陸」大阪公演の会場は、万博公園のもみじ川芝生広場。ステージの向こうには、葉加瀬さんが少年時代から毎日見ていたという太陽の塔が見える。「大阪に帰った瞬間に『はかせさん、はかせさん』と声をかけてもらえて、おばちゃんの『おかえり、太郎ちゃんモード』がすごい(笑)。大変ありがたいことですね。ライブのMCも関西弁になるし、そうならないと僕自身が気持ち悪いです」。

 ヴァイオリンを始めた4歳当時、葉加瀬さんは吹田市の津雲台に住んでいた。1960年代~1970年代の万博開催前後、大阪では先進的なまちづくりが進められ、千里ニュータウンが誕生。若いファミリー層が次々と入居した。「千里ニュータウンは文化的で、しゃれていて、そこに住むことは中流家庭にとって憧れでした。僕は千里ニュータウンの、ど真ん中世代なんでしょうね」。

千里南公園



 自らを「団地っ子」と呼ぶ葉加瀬さん。ベビーブームの影響で、同じ棟内にたくさんの同級生が住んでいたという。戦後、勉強をしたくてもできない時代を生きてきた親世代は、自分たちが満足に受けられなかった教育を子どもたちにと、ピアノや水泳、学習塾など、どの家庭もこぞって習い事をさせていた。葉加瀬さんもまた、日曜日から土曜日まで毎日、当然のように習い事をしていたそうだ。「その頃はまだ、団地とはいえ長屋のような感覚で、鍵なんて閉めている家は無かったんじゃないですかね。学校が終わって、どの家に帰るかはその日の気分次第(笑)。窓を開け放してヴァイオリンの練習をしても、うるさいと怒られることもない。逆に、音が聞こえないと『今日はどうしたの?』と心配されたくらいです」。


 たくさんの習い事の中からやがてヴァイオリンに没頭していくことになるのだが、津雲台に住んでいた幼少期は、豊かな自然と新しいコミュニティの中でのびのびと遊んだ思い出が多いそうだ。

津雲公園


ピーコックストア津雲台店


阪急山田駅



 「団地の前には小さなフィールドがあって、そこでキックベースとか”泥棒と探偵”とか、メンコなんかをやって遊んでいました。山田駅ができたのが、僕が小学校に上がるかどうかの頃。当時牛乳ビンのキャップを集めるのが流行っていたんですが、山田駅の売店のおばちゃんがよく、レアなフルーツ牛乳のキャップをくれて、しょっちゅうもらいに行ってました(笑)。千里南公園からつながる竹林では、春になったらタケノコを採って、夏はカナブンとり。津雲公園では、裸足で沼に入ってザリガニ釣りもしていました。沼のにおいは今でも覚えていますよ(笑)。千里中央もまだ新しくて、千里セルシーにダイエーが入った時は大騒ぎでしたよ」。


<「しがらみがない分、可能性が大きい」>
 40年が経過した今、葉加瀬さんは津雲台の町をどのように見ているのだろうか。
「津雲台は、自然を残しながら人が快適に住めるようにデザインされた町。建築物も街並みも日本のデザイナーが手がけた美しい姿だと思います。今でも憧れるし、いるだけで気持ちの良い場所です」。しかしその感覚は、一般的なふるさとへの思いとは違うようだ。

千里南公園


津雲台住宅街


 「大阪で生まれ千里で育ったことはもちろん、僕にとって大きいことです。千里ニュータウンは、古くから何代にもわたって同じ家族が住む田舎町ではなくて、全く違う場所からいろんな家族がやってきて隣同士で住んでいる。そして今も、新しい世代が異なった場所からやってきますよね。こういう感覚が自分の中に植え付けられているので、ある意味「ふるさと感」はないんです。でも、ニュータウンの良さはまさにそこにあると思う。色んな人が集まって、みんなで楽しくやれる。そして、しがらみがない分、新たな世界に羽ばたいて行ける可能性が広がるんじゃないでしょうか」。

 高校は京都の音楽学校に、大学は東京、今ではロンドンに住む葉加瀬さん。一点にとどまらず、大阪から全国へ、そして世界へと拠点を広げて活躍を続ける。津雲台での少年時代は、様々な人が集まって音楽を楽しむ情熱大陸ライブのありようや、ヴァイオリンを、クラシックにとどまらず様々なジャンルの音楽と融合させる葉加瀬さんの音楽の魅力にもつながっているようだ。

さるすべり公園



■プロフィール
葉加瀬 太郎(はかせ たろう)
1968年大阪府吹田市生まれ。ロンドン在住。4歳からヴァイオリンを習い始める。東京芸術大学に進学後、在学中の1990年に「クライズラー&カンパニー」を結成して音楽界にデビュー。1996年にはセリーヌ・ディオンのワールドツアーに参加するなど、世界的なヴァイオリニストとして活躍。

関連地図

この記事を書いた人:

シティライフ編集部
北摂・阪神の地域情報紙『シティライフ』の編集部です。 市民記者の皆様と一緒に、地域密着の情報をお届けします。

HP: http://citylife-new.com/


http://citylife-new.com/life/52046.html