【北摂パブリック紀行 Vol.10】市民のオープンなネットワーキング 千里市民フォーラム


市民や企業がつくった“みんなが集まる素敵な場所”を訪ねる北摂パブリック紀行。第10回は、千里の多彩な市民がつながってアクティブに活動する「千里市民フォーラム」です。

■千里ニュータウンまちづくり市民フォーラム

今年2月、千里中央にある千里文化センター(コラボ)で開かれた「千里ニュータウンまちづくり市民フォーラム」に約60名の人々が集まり、「みんなで考えよう!千里の公園のおもしろい使い方」について話し合いました。最初は、(株)ハートビートプラン代表の泉英明さんによる基調講演「どうしたら公共空間がおもしろくなるか」です。泉さんは、「北浜テラス」「水都大阪」「中之島GATE」など、最近おもしろくなったと言われる大阪の水辺空間をつくってきたキーマンの一人です。

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泉英明さんの基調講演

 

泉さんは、河川や公園などの公共空間は、みんなが使う場所だから“いろんなことをやってはいけない”と思っているけど、本当はできないことはそう多くはない。管理する行政側は、事故が起こったときの責任問題を考えて安全側で対処しようとする。だから、事故やクレームに対して確実に責任を持って管理運営する団体であれば、行政は使用を認める。「こんなことできないかな?」と思うことは、まず興味を持ちそうな人や団体に声をかけ、試験的にやってみる。問題がわかれば改善してもう一度やってみて、できそうな状況をつくる。この段階で行政に「こんなことをやりたい。すべて責任を持ってやります。」と持ちかけ、行政側の協力も得ながら実現をめざす。それでも、もめ事が必ず起こってきて、行政はその調整や解決に苦労する。だから、市民が「プレーヤー」としてだけでなく、地域や市民との「調整者」としての役割を果たすことが大切。千里にたくさんある公園も、こんな方法でもっと楽しく使えるるのでは?そして街がもっとおもしろくなるのでは?と話しました。

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水都大阪(中之島公園)(写真提供:泉英明)

 

泉さんの基調講演で励まされたあと、参加者が6つのグループに分かれて「千里の公園のおもしろい使い方」についてワークショップ(紙や鉛筆・マーカーなどを用いながらの意見交換)しました。約30分の意見交換のあと、6班のそれぞれが発表。「持ちより公園カフェ」「ワイルドな遊び場(ボルダリング、たき火)」「夜間キャンプ」「公園で映画会」などいろいろなアイデアが発表されました。

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グループに分かれてワークショップ

 

ここで出されたアイデアのうちいくつかは、今年中に実現化をめざそうと、その後毎月1回開催される「サロン」で具体化の検討がされています。

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公園の活用について話しあわれたサロン

 

■千里市民フォーラムの誕生

このグループは、“千里にかかわる市民のオープンなネットワークの場”をうたう「千里市民フォーラム」(会員約130名、代表:片岡 誠)です。

今から14年前の2002年、千里ニュータウンまちびらき40周年を記念して、行政(吹田市、豊中市)の支援のもとに、市民が企画開催する「千里ニュータウンまちづくり市民フォーラム」がよみうり文化センターで開催されました。このとき、公募で集まった約40人が約半年間かけてフォーラムのプログラム、発表者やコメンテーターの選考と交渉、ポスター・案内チラシの作成などを行いました。フォーラムには、約350名の参加があり、21世紀にちなんだ21名の「千里の元気人」の活動発表を聞いたあと、“オールドタウン”と揶揄された千里ニュータウンをどうしたら元気にできるかについて語りあいました。

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まちづくり市民フォーラム(2002年)

このフォーラムは、千里のまちづくりにとって大変重要な意味をもっていました。というのは、それまでのシンポジウムは、大学の先生や専門家、行政の人が壇上で語り、市民はフロアで聞いていて、最後に2~3人が質問するのが一般的だったからです。このフォーラムでは、21名の市民が日頃行っている活動について語りました。それだけでなく、約半年間の準備を市民が中心になって進めたのです。これらを通じて、それまで“名前だけ知っていた人”や“初めての人”を知ることになり、千里で活動する人たちの新しい交流が始まったのです。

せっかく生まれた市民のネットワークを広げ、千里のまちづくりに活かしていこう。フォーラムに集まった人たちの中に熱い思いが生まれ、行政の支援もあって、翌年の2003年4月に、千里に関わる人たちの交流の場として「千里市民フォーラム」が発足しました。行政(吹田市、豊中市)が「まちづくりフォーラム」の開催を市民に呼びかけたのは、実はこのような「市民が集まって話し合い、活動を生んでいく場」(プラットフォーム)が“オールドタウン化”が進む千里に必要と考えたからです。結果として市民はこのような行政の働きかけにうまく乗せられた形になりました。

2003年当時、千里ニュータウンでは集合住宅の建て替え計画が相次ぎ、合意を巡っての軋轢などがありました。また、高齢化とともにコミュニティの弱体化、成長し過ぎた緑、風紀や安全などの問題が指摘されていました。千里市民フォーラムでは、これらの問題を毎月の「サロン」や年1回の「まちづくりフォーラム」で話し合いました。また、「こんな活動をしたい」を出し合い、千里に必要と思われる活動をみんなで応援しました。千里の公園の中で“ジャングル”のようになっていた竹林を間伐し、見事な竹林へと蘇らせている「千里竹の会」はここから生まれました。

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千里竹の会の活動

 

■千里市民フォーラムを通じた交流と活動

その後、分譲集合住宅の建替えが進み、さらに公的住宅の建て替えが進んだことなどによって、若い世代や子どもが増え始め、千里ニュータウンの“オールドタウン化”に一定の歯止めがかかりました。このようなときこそ、千里市民フォーラムに集まるメンバーがお互いを知り合い、一人一人の活動によってまちを元気にする必要があると、「千里ひとびと見本市」でプロフィールを交流したり、各人が「千里でやってみたいこと」を発表しあいました。「千里でやってみたいこと 大プレゼン大会」の中には、「公園をおもしろく使いたい」「空き家を集まりや活動の場に使いたい」など、すでに具体化したものや今も検討されているテーマがありました。

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千里ひとびと見本市

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千里でやってみたいこと 大プレゼン大会

 

千里ニュータウンのまちびらきを祝う「千里ニュータウンまちびらき50年事業(2012年)」には、千里市民フォーラムの多くのメンバーが参加し、「オープニング」「タイムスリップ展」「千里をまるごと楽しもう」「千里50年まつり」「千里キャンドルロード」「明日へ続く市民まちづくりフォーラム」など、多彩な事業の企画運営を支えました。     http://senri50.com/

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千里50年まつり

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50年事業を多くのメンバーが支えた

 

40周年では「まちづくり市民フォーラム」を開催するのが精一杯でしたが、50周年では数倍に及ぶ規模の事業が盛大、かつスムーズに開催されました。千里に関わる人々が10年間、千里市民フォーラムという「場」を通じて、若さを失わない、魅力的なまちをつくっていこうと、話し合いや活動を続けてきたからこそできた・・このことを疑う人はいないでしょう。

千里ニュータウンの大きな公園を使って開催された光のアートイベント「千里キャンドルロード」は大きな反響を呼びました。これを継続して開催したいという声が高まり、翌年に第2回が開催されましたが、千里市民フォーラムはそのための支援も行いました。その後は「千里キャンドルロードプロジェクト」が設立され、若い人の参加によって盛大に開催されているのは多くの人が知るところです。

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千里キャンドルロード(2012年)

 

■千里のまちのマネジメントへ

このような経験も踏まえながら、千里市民フォーラムは、千里ニュータウンの公共空間を多彩に活用することによって、千里がより魅力的で元気なまちにならないか? 特に、計画的に整備されながら、利用されていないものもある大小の公園を活用できないかとの関心を高めています。2015年の秋は、お茶を飲み、音楽を聴きながら、映像やおしゃべりを楽しむ「ナイトカフェ」を千里南公園で試験的に行いました。先のまちづくり市民フォーラム「みんなで考えよう!千里の公園のおもしろい使い方」は、このような流れの中で開催されたのです。

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ナイトカフェ(2015年8月)

 

千里ニュータウンが“ニュータウンなのにオールドタウン”と言われ、ニュータウンの再生が叫ばれ始めてから約20年が経過しました。この間、千里ニュータウンは交通至便な場所に立地していたこともあり、集合住宅の建て替えが進み、人口の増加と若返りによって、多くの人が住みたいと思う魅力的な街へ再び生まれ変わっています。また、千里ニュータウンは、「市民活動が盛んな元気なまち」とよく言われます。こう言われるのは、千里に関わる人々が、それぞれの地域やグループで活動しながら、「千里市民フォーラム」に集まって情報交流や協働を行い、そこで得られた知恵や力をまた地域やグループに持ち帰って活かしてきたことが大きいでしょう。また、千里市民フォーラムが生まれるきっかけをつくり、市民と情報交流し、活動を支援してきた吹田市、豊中市の役割も大きかったに違いありません。

このような「千里市民フォーラム」が果たしてきた役割って何でしょう?千里市民フォーラムは、理想都市をめざして計画的につくられた千里ニュータウンを若さと魅力ある街へもう一度蘇らせるための“まちづくりの土壌づくり”の役割を果たしたのではないでしょうか。それは、「住宅の建て替えだけに終わらず、市民が自分たちのまちをよくするために生き生きと活動するまち」「オープンでフラットに話し合い、良いと思うことをみんなで実現しようとするまち」のための土壌づくりです。今後は、公共空間の活用などを通じて“千里のまちのマネジメント”に関わっていくのでしょうか。

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まちづくり市民フォーラム後の交流会(2015年2月)


この記事を書いた人:

茂
北摂を中心に地域計画・まちづくりの仕事を長く続けました。現在は、千里ニュータウンと周辺をもっと魅力的にしたいと、仲間といろいろな活動をしています。まちづくりの第一歩は、市民や企業が地域の魅力を再発見しながら、できることから・・・。「北摂パブリック紀行」は、市民や企業がつくった素敵な場所を発掘・紹介しようとスタートしました。趣味は山と料理。オレンジ色のハスラーに乗って全国の山へ出かけます。
http://citylife-new.com/news/42081.html