【北摂パブリック紀行 Vol.17】 主はなくなっても地域に生きる“柿の木坂の家”


市民がつくった“みんなが集まれるステキな場所”を訪ねる北摂パブリック紀行。今月は、主がなくなったあとの家と庭を地域の人々が大切に守っている「柿の木坂の家」です。

 

広い家と庭を使って、地域の人が集まっているところがあると聞きました。その家の名前は「柿の木坂の家」。どこかで聞いたことのある名前。そう、子どもの頃、ラジオで聞いた歌謡曲に「柿の木坂の家」(歌:青木公一)というのがあった。今の人は知らないだろうに、自分も年をとったなー・・・そんなことを思いながら、千里から元気にチャリに乗って、JR吹田駅北の朝日が丘町へ出かけました。

吹田市民病院近くの急坂を登った高台、閑静な住宅地の一角に“その家”はありました。300坪近くありそうな広い敷地。その奥に広い庭と畑。手前の家が小さく見えます。

柿の木坂の家の広い庭と家(奥から玄関側を見る)

 

車椅子でも入れるスロープデッキを横に見ながら玄関を入ります。

柿の木坂の家

 

この施設を中心的に管理運営する「特定非営利活動法人 吹田市民NPO」の代表、高橋清美理事長が温かく迎えて下さいました。

吹田市民NPO理事長の高橋清美さん

 

飲みものをいただきながら、この家がどのような経緯で今のような利用がされるようになったのかを伺いました。

高橋さんによると、ここには、子どもたちが独立し、ご主人も他界したあと、一人になった上品な女性が、近所の人たちと仲良く暮らしていました。晩年は、吹田市民NPOが運営するグループホーム「あい」に入所し、亡くなりました。その後、遺族の方から「母がよくしてもらった地域のみなさんに土地建物を利用してほしい」と申し出がありました。

地域のみなさんに広く利用してもらうためには、一団体ではなく、地域のいろいろな人や団体が関わることが大切。そう考えた高橋さんが友人や地域の団体に呼びかけると、「やりましょう」と申し出る人が多かったそうです。特に、高橋さんが吹田市社会福祉協議会の加盟団体連絡会の役員をしていたこともあり、地域の福祉委員が派遣されることになりました。同じように、片山地区の連合自治会、福祉委員会の協力も得られることになりました。

8人による運営委員会(代表はご遺族の所有者)が立ち上がり、どのように運営するかが話し合われました。将来意見が食い違ったときに立ち返られるように理念を考え、事業の柱として、①地域の住民が立ち寄れるカフェ、②放課後等デイサービス(障害をもつ子どもの居場所づくり)、③居宅介護支援事業の3つを設けました。

運営に関する意見交換

 

2015年8月から利用がスタート。「カフェ」は、毎日曜日、月4回程度開催。お菓子付きのコーヒー・紅茶は200円で提供され、子どもから高齢者まで誰でも利用できます。多いときには70名の利用があったそうですが、平均的な利用者は約20名とのこと。

カフェの飲みものとお菓子

 

「放課後等デイサービス」は、月~土曜日、9~18時に開設。現在6人が利用しているとのこと。同様の施設は他所にもありますが、緑に囲まれながらくつろいで過ごせる「柿の木坂の家」は好まれているとのことです。

このほかに主催事業として、「庭を使った宝さがし」「子どもによる生け花」「実のなる木を植えよう」「手作り楽器をつくって楽しもう」など、地域の子ども~大人まで参加できる多彩な交流プログラムが開催されています。

宝さがし

 

子どもによる生け花

 

干支の作りものをしたあとの茶話会

 

また、「子ども会」「音楽教室のクリスマス会」「連合自治会や福祉委員会の役員会」など、地域の団体の活動の場としても利用されています。囲碁や将棋など、自分たちが好きなことをするだけの利用は不可とのこと。

さらに、2階の部屋を使った「サービス付き高齢者住宅」「子ども食堂」「入浴サービス」などの利用も構想中です。

「広い庭と建物の管理が大変でしょう?」と尋ねると、「ご主人が健在のときから、近隣の住民が進んで草取りをされ、今も続いていますよ。うちの駐車場を自由に使ってくださいと近隣から申し出もありますよ。」と高橋さん。

近隣のみなさんによる草刈り

 

最後に、気になっていたことを尋ねました。「柿の木坂の家という素敵な名前は、どこからつけられたのですか?」。「この敷地には大きな柿の木が2本あります。ご主人が元気だったとき、施設のみんなで何回か、急な坂を登って柿をとりに来たんです。そんな思い出とともに、若い頃聞いた青木公一の歌「柿の木坂の家」も思い出して、この名前にしたんです。」と高橋さん。やっぱり、青木公一の歌だったんだ。同時に、みなさんと一緒に柿をもぎとる女主人の姿が浮かんできました。

家が建っては潰され、ときには敷地が分割され、また新しい家が建っていく。これを繰り返してきた戦後の日本。ここ「柿の木坂の家」には、地域の人々と仲良く暮らした家族のおだやかな日々の歴史、この家を“地域の財産”として大切に守っていこうとする地域の人々の意思や未来があるように思えます。主はなくなっても地域に生き続ける。

※写真は、一部を除き「特定非営利活動法人 吹田市民NPO」より提供いただきました。

※この記事の要約は、コミュニティ紙「CITY LIFE」(2017年3月 北摂WEST・北摂EAST)で読むことができます(コミュニティ紙にあるQRコードからこのWeb版に跳ぶこともできます)。

※みなさんの近くの「パブリックな場」がありましたらコメント欄でご紹介下さい。取材に行きます。北摂に限りません。

 


この記事を書いた人:

山本 茂
北摂を中心に地域計画・まちづくりの仕事を長く続けました。現在は、千里ニュータウンと周辺をもっと魅力的にしたいと、仲間といろいろな活動をしています。まちづくりの第一歩は、市民や企業が地域の魅力を再発見しながら、できることから。「北摂パブリック紀行」は、市民や企業がつくった”みんなが集まれる素敵な場所“を発掘し、人とともに紹介しようとスタートしました。趣味は山と料理。オレンジ色のハスラーに乗って全国の山へ出かけます。
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