太陽の塔 「地底の太陽 」10分の1 原型公開@EXPO’70パビリオン(万博公園)


1970年万博で、太陽の塔とともに故・岡本太郎氏が作った「地底の太陽」という作品をご存じだろうか? 平成30年3月からの太陽の塔一般公開に合わせ、万博閉会後に行方不明となっていたこの作品の復元計画が現在進められている。

このほど、復元される「地底の太陽」の10分の1スケールの原型が報道陣に公開、平野暁臣・岡本太郎記念館館⻑より、万博開催前の「地底の太陽」制作秘話から原型の制作まで、説明が⾏われた。


万博開催当時、太陽の塔内部に入る直近、「こころ」エリアの真ん中に展示された「地底の太陽」



最初のスケッチは1970年3月の万博開催の約9か月前に作成。岡本太郎氏がよく使うモチーフで、太陽の塔のお腹部分の顔に似ている


その1週間後のスケッチでは、ガラっと変わったものに



その1ヶ月後、万博への協力依頼のためのワールドツアーの最中に作成したスケッチが実施案となった



この「地底の太陽」は万博終了後、行方不明に。7年前に、当時の万博記念機構がなんとか探し出したいと情報を呼びかけたが、有力な情報は見つからなかったという。

塔内空間が再生されるこの機会に「地底の太陽」の復活が決まったが、原型が残っておらず、あるのは写真だけ。写真という2次元情報から3次元の立体を作りだすという大変な作業を行わなくてはならない。再現したときに「あの時の地底の太陽だ!」と思える臨場感が出せるか重要となるが、どうやったら納得できるものが作れるかを考えた時、平野氏はある人が脳裏に浮かんだのだと言う。

世界的にも有名なフィギュアメーカー「海洋堂」の”センム”こと宮脇社長だ。現物を正しく再現しているだけだと思っていたフィギュアは、正確なら良いというものではなく、小さくなった時のスケールで臨場感をもって見えるよう、一部デフォルメして作られているそうだ。岡本作品に対する理解や共感がないと話にならないが、海洋堂には今までも数々の岡本作品を造形し、勘所をわかってくれていることもあり、平野氏は宮脇社長に相談を持ちかけた。宮脇社長は、こういった雰囲気のある曲線作りを得意とする木下隆志氏を制作者に抜擢。1月末にできた小さい原型第1号を基に、スキャンして拡大したものが、今回公開した10分の1サイズの模型となっている。このあと、直径3mの第3号の原型の制作に入り、チェックや申請を行ったのち、当時と同じ大きさの「地底の太陽」を制作する予定だそう。

完成後は「地底の太陽」の背景に映像を映し出し、当時のような地下展示の中心的存在として展示したいとのこと。一般公開が待ち遠しい。


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シティライフ編集部
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