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情報紙シティライフでコラムの連載がはじまります

2019.08.28

北摂・阪神間で歌われた万葉集などをもとに、梅花女子大学教授の市瀬雅之先生による、 地元の歴史をめぐるコラムがスタートします。第1回は序章として、梅花と令和についてご執筆いただきました。

 

あちらこちらの行事で「令和元年」を目にします。「令和」と書く機会も増えました。新しい元号が、『万葉集』から採択されたことはニュース等でご存じだと思います。 『万葉集』は、日本に現在残っているもっとも古い歌集です。二十巻に約四千五百首が記されています。「令和」は、巻五の「梅花宴歌(ばいかえんか)三十二首并(あわ)せて序」の序文から選ばれました。歌に序文を記すことは一般的なことではなく、奈良時代の作歌でも新たな試みでした。

その内容は、「天平二年(七三〇)正月十三日に、大宰府(だざいふ)の長官であった大伴旅人(おおとものたびと)の邸宅に集まって、宴会を催した。折しも、初春の正月の令(よ)い月で、気候はく風が和(やわ)らいでいる。」と書き起こされた箇所から、「令」と「和」の二文字が選ばれました。これだけでなぜ?と尋ねられそうですね。序文には続きがあります。「梅は鏡の前の白粉(おしろい)のように白く咲き、蘭は匂い袋のように香っている。」以下は省きますが、美しい景物が書き並べられているところに、新たな春の到来が祝されています。そこに催される宴も「心は淡々として自在で、思いは快然として自然に充足している。」とのびやかです。序文はその気持ちを言葉で表現するところまでを求めています。漢詩には落梅を詠むが、今回は園梅を題として短歌を作ろうと呼びかけて閉じられています。漢詩ではなく、歌で梅を詠むことを求めたところに趣向の新しさがあり、これが歌によって梅の詠まれるはじめともいわれています。春の到来を告げる美しい景物等によって新年が祝され、その心持ちはどこまでも自在であるばかりか、日本の伝統文化である歌世界を積極的に押し広げていこうとする姿勢には、私たちが「令和」という時代にありたいと思いたくなる示唆が含まれています。

序文は「昔も今も(風流を楽しむことに)何の違いがあろうか」とも記しています。「昔」を尋ねてみると、東晋の永和9年(三五三)三月三日、王羲之が四十一人を招いて曲水の宴を催したことを記す「蘭亭序」が「後世の見る人も、この文章に心を動かそうとすることであろう」と述べていることが想起されます。既にグローバル社会であった奈良時代にあっては、時空を越えて文雅の世界を楽しむ心が結ばれています。それが歌に序文を添える形となっています。「令和」に結びつく表現はさらに古く、『文選(もんぜん)』(一~二世紀の詩文集)の巻十五に記された「帰田賦(きでんふ)」(後漢・張平子)に見出されます。読み比べてみると、「梅花宴歌三十二首」に記された序文には、作者自らが思い描く理想がうるわしく凜と記されていることに気づかされます。

 

梅花女子大学教授 市瀬 雅之

現代訳から原文までを用いて『万葉集』に文学を楽しむほか、『古事記』や『日本書紀』等に日本神話や説話、古代史をわかりやすく読み解く。中京大学大学院修了 博士(文学)。著書に『大伴家持論 文学と氏族伝統一』おうふう 1997年、『万葉集編纂論』おうふう2007年、『北大阪に眠る古代天皇と貴族たち 記紀万葉の歴史と文学』梅花学園生涯学習センター公開講座ブックレット 2010年。ほか執筆・講演・講座多数

 

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