自給自足、循環型の暮らしを目指す
シンガーソングライター小濱達郎さんの毎日
2021.02.08
高槻市出身のシンガーソングライター・小濱達郎さんは、今から4年前、家族で京都府南丹市八木町に移住した。目的は「自給自足、循環型の暮らし」を実現するためだった。
「結婚し、子どもが生まれたことで、止まらない環境破壊や政治への関心の低さといった、世の中が抱えている様々な問題を自分なりに何とか解決したいと思ったことがきっかけでした。未来を生きる子どもたちが、健康に、幸せに生きることができる持続可能な社会や地球であり続けて欲しい」と小濱さん。それらを解決するのに、個人で一体何ができるのだろう?と模索していたそうだが、小さいことからでも一つひとつ行動していくことに決めたという。
その行動の第一歩が八木町への移住だった。現在、小濱さんは田畑でのお米や野菜作り、狩猟などで自給自足の暮らしを送っている。「お米作りなどは機械化がかなり進んでいて、もはや自動運転で作業ができるという段階に来ています。みんなで汗をかきながら、田植えをしたり、稲刈りしたり、そういう機会はかなり少なくなってしまいました。僕は、手刈りで稲を刈っていますが、機械を使わないと、静かだし、排気ガスの臭いもない。稲藁を運ぶときの良い香りとか、機械化では味わえないものがあります。もちろん、その分手間暇がかかるし、体力も消費するし、大変ではありますが」。
このように小濱さんは、自給自足の暮らしを実践する中で、出来るだけ、人力での作業から体験している。「やってみた中で、これはやっぱり機械でやったほうがいいなと思う作業もあるし、手作業の方がいいなと思う作業もあります。極端に偏るつもりはないのですが、これからの人間社会が進んでいく方向を、今一度、立ち止まって考えてみる必要があるんじゃないかと思っています」。
小濱さんは自給自足の暮らしを通して、利便性や合理性とのバランスを自分なりに模索していて、その氣づきを発信していくことで、よりよい未来へと進んでゆくための一石を投じたいという想いがある。
小濱さんは基本的に自給用・自家消費用にお米や野菜を育てている。「殺虫剤、除草剤などを使わない、暮らしの中から出るものを畑に循環させる形で無農薬栽培をしています。家族で食べる一年分のお米、野菜はほぼ、賄えています。野菜は、ニンジン、大根、白菜、キャベツ、ネギ、豆類、トマト、ズッキーニ、かぼちゃ、ナスビ、ピーマン、サツマイモ、ジャガイモ、里芋、ショウガ、ニンニクなど色々収穫できています。菊芋、里芋は、販売用にたくさん育てています」。
また小濱さんは狩猟も自身で行っている。「狩猟免許を取って、鹿肉、猪肉を自給しています。今期は猪がとれていないのですが、鹿はすでに13頭獲れています。冷凍ストッカーはもう鹿肉でいっぱい。メニューとして鹿肉のローストはよく作ります。日々、大切な命をいただいていると感謝することを忘れないようにしています」。
高槻という街暮らしから、慣れない土地へ移り住んだことへの苦労は無かったのだろうか?「苦労したのはやはり冬の寒さ。うちは築120年以上の古民家なので、台所の流し台が朝になったら凍っています。居間は薪ストーブを焚いているので暖かいのですが。あと夏は虫や動物などの種類が多いので最初は驚きましたが、もう慣れました(笑)」。
「よかったことは、目に飛び込んでくる景色の美しさや、澄んだ空氣ですね。朝日に染まる畑や、遠くの山並み。夕暮れ時の山際のグラデーションの美しさ。夜には輝く星空。鳥のさえずり、カエルの鳴き声。どこか旅行へ行かなくても日常生活の中で、それら自然の恵みを味わえるのは最高ですね。あとは風呂や暖房には薪を燃やしていますが、ご近所への煙のことなど氣にせずに、火を燃やせる環境であることもありがたいですね」。
そして、4人の子どもたちはここでの暮らしをどう思っているのか聞いてみた。「一番下の4人目の子は、南丹市で生まれました。上の3人も、今住んでいるところを、氣にいってくれているようではあります。毎日、野山を駆けまわり……というわけではなく(笑)、家でゴロゴロしています。うちはテレビを置いていないのですが、スマホがあるので、普通に動画を見たりしていますね。家の周りには、生き物が多いので、そういうのを捕まえたり、飼ったりして、楽しんでいます」。
「畑や田んぼの仕事も、たまに面白がってやっています。山に木を伐りに行くよーって言ったら、〝行くー〟とついて来て、ノコギリで小さな木を伐ってみたり、樹液を集めてみたり、たまに僕の野良仕事についてきて一緒に遊んだりしています」。
1月31日には南丹市八木市民センター文化ホールでファミリーコンサートを開催した。
そして2021年、小濱さんはライフワークである音楽活動も積極的に取り組んでいく予定だ。「妻が、昨年会社をやめて、今は夫婦ともに勤め人ではありません。自給自足の暮らしを実践しているとはいえ、毎月お金は使いますし、子どもたち4人の将来の養育費も必要です。妻と二人、何度も話し合いをしました。お互い、本当にやりたいことをやって、それで何とか生活が回っていくように、挑戦してみようと。夫婦ともに音楽はやりたいことだったので、子育て中ではあるものの、音楽活動を本格的に再開しました」。
それにあたって、南丹市の移住者起業支援事業を活用して、自宅横の農小屋を音楽スタジオにリフォームした。「僕は自給自足シンガーソングライターとして生きていこうと決心したので、自給自足の暮らしをおろそかにせず、なおかつ音楽家として表現活動を活発にしていきたいと思っています。また自分自身の表現活動ということだけでなく、本当はみんな一人一人が表現者であるはずだと思っているので、この音楽スタジオを活用してもらって、多くの人が表現者としてどんどん発信していけるためのお手伝いをしたいと思っています」。
小濱ファミリーのみなさん。
最後に地元である北摂のみなさんにメッセージをもらった。「今でも、月に一回は高槻に帰っています。定期的に高槻でもライブをしようと思っています。その時には、小濱家の野菜も持参するので、遊びに来てください。また、自給自足シンガーソングライターのブログも日々更新しています。是非、ご覧になってください!!」
小濱達郎「自給自足シンガーソングライターの田舎暮らし実践記」はこちら↓
家族のため、自分のため、世の中のため
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