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「お腹いっぱいになれば何とかなる」 ごはん処おかえり 店主 上野敏子さん

庄内駅から歩いて7分。駅前の喧騒から離れた街の一角にある「ごはん処おかえり」。軒先のワゴンには持ち帰り用の多彩な惣菜が並び、価格はいずれも1品100円。しかも20歳以下はいつでも無料で、さらに16時を過ぎれば、大人も含めて全て無料で提供される。「おかえり」と声をかける上野さんやスタッフたちの明るい声が響く店内には、今や失われつつある地域のつながりが根付いている。温かみが詰まったこの店が生まれたいきさつを聞いた。

 

-立ち上げのきっかけはカレーの炊き出し-

 

上野さんがこの店を始めるまでには紆余曲折があった。19歳の頃に結婚し子宝に恵まれたが、結婚6年目で離婚しシングルマザーに。そして子育てと並行しながら飲食店や医療関係の仕事などを行っていた2015年のある日のこと。

 

テレビを見ていた上野さんは、ホームレス支援の炊き出しに勤しむボランティアの生き生きとした姿を目にし、「楽しそう!やってみたい!」と簡単な食材を持って単身で阪急三番街へ。「最初の1ヶ月は誰にも相手にされませんでした。なんでやろうと思ったけど、そこの人たちも相手を見てるわけで。人間関係を築くって大事やなと思いました」。最初は警戒され食料を受け取るどころか話さえしてもらえなかったが、汗を流しながら声をかけて回る姿が徐々に受け入れられ、支援を必要とする人たちとの関係性を築いていった。

 

炊き出しを続ける中で、今でも忘れられない出来事があった。当時活動していた扇町公園には、東日本大震災で被災して家族も仕事も失った人が大勢暮らしていたという。ただ、その中に炊き出しを頑なに受け取らない男性がおり、上野さんは頭を悩ませていた。ところが、ある冬の日。炊き出しにカレーライスを提供していると、その男性が「くれ」と一言。受け取ったカレーを3杯平らげた男性は、ポツリと「家の味だ」とつぶやき涙をみせた。それから身の上話を少しずつ語り、「お腹いっぱいになれば何とかなる」と前を向くようになった。このときの体験は、今も上野さんの脳裏に焼き付いているという。

 

店頭に並ぶ惣菜はまさに”おふくろの味”

 

しばらくして、次なる転機が訪れる。2018年の大阪府北部地震だ。支援学校へ通う次男と送迎バスを待っていたときに被災した上野さんは、避難先で「食材のストックがない」と困るシングルマザーの声を聞く。そこでSNSを通じて全国に寄付を呼びかけたところ、4トントラック2台分の支援物資が集まった。想定以上の支援にびっくりしつつも、「誰でもいいから取りにおいで」と呼びかけたところ、これまでの支援では結びついていなかった人たちとの接点を持つようになった。この出来事をきっかけに上野さんはシングルマザーの支援団体を立ち上げると共に、支援の対象を子どもから高齢者まで広げて生活に困りごとを抱える全ての世代の暮らしをサポートするべく、「ごはん処おかえり」をオープンした。

 

2019年に開店した「ごはん処おかえり」

 

-訪れた人におくる、温かな食事と声-

 

店には近隣の子どもから高齢者までが訪れ、市外から自転車で訪れる人もいる。上野さんは「近ごろ目立つのは、派遣切りにあった中高年男性や、大人の発達障害を抱えている人たち」と現状を見つめる。自身もうつ病を患った経験があり、症状を脱するまでに7年の歳月を要した上野さんは、訪れる人たちのわずかな変化にも細かく気を配る。「いきなり声がけをするんじゃなくて、まずは毎日の様子をよく見るところから。今まで1週間に1度店に来ていた人が、2度、3度と増えたら、きっと何かがある。そういう兆しを見逃さないように」。

 

時には、店前で何も言わず去った客を走って追いかけ、「この時間やったら私一人でおるから、またきてね」と声をかけることもあるという。「結構、地道な作業です」と苦笑しながらも、上野さんの献身性に救われた人は多い。「目の前の困った人から『どうしよう』と一言が投げかけられて、初めて物事が動く面もある。私がなんでも解決できるわけじゃないけど、一緒に考えて少しでも良くなっていければいい。その一心です」。

コロッケやオムレツ、酢の物など常時約15種類の惣菜が毎日並ぶ

 

-「お腹いっぱい」から始まる地域のつながり-

 

毎朝6時半から仕込みを始め、昼までに10品以上の料理を作り、母・紀美子さんやスタッフの手伝いを借りながら切り盛りする店は、いつも大忙しだ。さらに上野さんは営業の合間を縫って、店を訪れた困りごとを抱える人に関する相談の為に行政窓口へ出向き、“つなぎ役”を担うこともある。多忙な生活を送りながら、それでも上野さんが動き続けるのは、まだまだ支援を必要とする人たちが存在するからだ。「生活に困っている人は、スマホやテレビを持っていないこともある。この場所を広く知ってもらうため、チラシを作ったり、無料弁当を配ったり、直接つながれる方法を続けていきたい」と上野さんは語る。

 

地域のつながりや支援者の縁が強く結びつく現在の「おかえり」のあり方は、上野さんが思い描いた一つの姿だ。彼女自身、かつて庄内で幼少期を過ごしていたころ、近所の人に「うちでご飯食べていき」と言われ、救われた経験を何度もした。「活気にあふれていた庄内には、あちこちに隣近所との人情ばなしがあったんですよ。時代の流れで消えていったつながりを、もう一度よみがえらせたい。『おかえり』を始めたのは、そんな思いもあったからです」。

 

目の前の困っている人を放ってはおけない上野さんが始めた、「お腹いっぱいになれば何とかなる」という考えを体現する活動は、周囲の人たちとの結び目を固くしながら、大きく輪を広げている。

 

【取材協力】
ごはん処 おかえり
豊中市庄内西町3-10-26
営/11時~17時 日曜定休
TEL:080-5319-1368