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「グローバルからローカルへ 自分がやらな誰がやるねん」 にんにく専門農家 苗代真平さん

 

今年、北摂で新たに誕生したにんにくブランド「シン・にんにく」をご存知だろうか。生産者の苗代さんは、世界を飛び回る貿易商から無農薬にんにく農家へ転身したという異色の経歴の持ち主。新にんにくブランドが生まれるまでの経緯から農業へかける想いを聞いた。

 

-友人と起業した大学時代 卒論で「日本の農業」を考えるきっかけに-

 

2024年2月29日(にんにくの日)に北摂で新たに生まれた、にんにくブランド「シン・にんにく」。一般的なにんにくより大ぶりで美しいフォルム。エグみが少なく、力強い味と香りが特徴で、プロの料理人からも評価を得ている。このにんにくを生み出したのが、箕面や茨木で農業を展開する苗代真平さん。「最近、日本では無臭・低臭にんにくが主流。うちが目指すのは、あえて香りの強い『臭い』にんにくです」。

箕面市の旧家で生まれた苗代さん。両親は本業の傍ら、家の周りの畑で野菜などの作物を栽培していた。「経営に興味があり、大学ではリスクマネジメントを勉強しました。19歳の時に友達と起業して、実践を通じた経営の基本が学べました」。また、在学中のイギリス留学をきっかけに、国際的な視点から日本の現状について考えるように。「卒業論文のテーマは“日本の人口減少と少子高齢化”にしたのですが、研究していく中で農業の担い手不足や耕作放棄地の実状、食糧自給率の低下など、日本の農業問題を知り危機感を持つようになりました」。しかし当時は自身で会社を経営していたこともあり、農業を生業にしようとは考えなかったという。

 

-コロナ禍で貿易の仕事がストップ 地元で無農薬にんにく農家へ転身-

 

大学卒業後も友人と共に会社を興し、順調に経営していた苗代さん。2016年にはドバイで法人を設立し、現地の銀行とのやり取りなど準備を進めた。日本とドバイを往復する日々を送りながら、アジアやヨーロッパで日本の商材を売り込むビジネスも進め、世界中を飛び回る日々を送っていた。

 

2016年頃、ドバイで打ち合わせ中の苗代さん

 

しかし、2020年に状況は一変。新型コロナウイルスの流行で海外との往来は断絶し、苗代さんは窮地に立たされた。「4年かけて準備をしたドバイでの仕事も、順調に進んでいた貿易の事業も全てストップ。日本で何をしようかと思っていた時、目に留まったのが実家にあった畑でした。まさにグローバルからローカルへ、180度の方向転換に気づいた瞬間でした」。その畑は、いわゆる耕作放棄地。卒業論文で取り組んだ「日本の農業」への思いが再燃し始めた。

 

そんなある日、知人の紹介で立ち話をしたシェフが冗談交じりに言った。「畑持ってるんやったら、にんにく作ってよ。国産は低臭、無臭ばっかり。でも料理人は、香り高いにんにくを求めてるねん。にんにくの強い香りがあることで、美味しい料理ができる」。

 

「『これや!』と、直感しました」と苗代さん。「コロナ禍以降、日本の農業が抱える問題をどう解決できるか考えていましたが、私が『どないかせなあかん』と言っても、『農業したことない奴に、何が分かんねん!』と言われたら、それまで。“臭いにんにくが欲しい”という言葉に将来性を感じ『生きていく道はこれや!』と思いました」。

 

-日本と世界のにんにくを集め、立命館大学と共同研究-

 

こうして2021年7月ににんにく農家の道を歩み始めた苗代さん。まずは長年荒れ果てていた耕作放棄地を耕す作業からスタートした。実はにんにくは育つまでに時間がかかる作物で、収穫は1年に1度のみ。栽培方法や土壌の研究・改良を重ねても、味のテストは年1回だけであり、どれだけ効率よく旨くて臭いにんにくを作れるかが勝負だった。また、植え付けの時期は9~10月。土壌作りを行う夏場は過酷だが「俺がやらな、誰がやるねん」と、しんどさを上回る使命感で農作業に精を出した。

 

1年目は3種類のにんにくの収穫に成功し、迎えた2年目は勝負の年。そんな折、偶然足を運んだビジネスマッチングフェアを通じて、にんにくに関する産学連携プロジェクトを立命館大学と行うことになった。「従来の農業は勘や経験が頼り。その点、自分は初心者なので、ニュートラルな目線で、科学的データに基づいた農業をやろう」。そう決心した苗代さんは立命館大学の協力のもと、土壌の分析に取り掛かり、にんにく栽培のみに特化した土壌を作り上げた。また国内外から33種類のにんにくを集め、4カ所の畑で、さらに場所によって肥料を変えるなど条件を細かく変えながら栽培。1,000パターン以上のにんにくの旨みや香りを機械で数値化するとともに、学生たちとペペロンチーノやガーリックライスを作り、実際に試食して評価した。

 

「学生たちとの共同研究はまるで調理実習のようでした」と苗代さん

 

-3年越しの「シン・にんにく」誕生 農業を取り巻く環境を変えていきたい-

 

3年間の緻密な実験の末、ついに「シン・にんにく」が誕生した。「シン」には、「新」「真」「sin(英語で“罪(なほど旨い)”)」の意味が込められている。「収穫の瞬間は必死すぎて、あまり覚えていません(笑)。でも一番嬉しい時は、消費者から直接感想を伝えてもらった時です」と苗代さん。シン・にんにくはトラキチ農園で販売している他、HPからも購入可。近隣の飲食店でも食材に採用されるなど、地域で広がりを見せ始めている。

 

「今後も研究を重ねて、さらなるクオリティアップを目指します。またにんにく栽培を通じ、農業を取り巻く社会問題にも取り組みたい」と意欲を燃やす。現在は、より多くの人に農業の実情を知ってもらおうと、貸農園や農業体験、収穫期のアルバイト募集なども行っている。日本一臭くて美味しいにんにく作りに励む苗代さんの活動に、これからも注目だ。

 

【取材協力】
トラキチ農園
箕面市粟生新家1-11-22
https://www.torakichi-farm.com/

シン・にんにく専用HP
https://shin-garlic.com/