-吹田市- 健都が切り拓く吹田の未来 市の格を上げるまちづくり
2026.06.03
後藤市長
吹田操車場跡地を中心とした岸辺駅周辺エリアは、現在、劇的な変貌を遂げている。かつての「操車場のまち」は「北大阪健康医療都市(健都)」として生まれ変わり、市民や企業、研究機関等の様々な主体が連携した「健康・医療」の新たな拠点となった。吹田市の後藤圭二市長へのインタビューをもとに、同エリアの開発の経緯と未来への展望をひも解いていく。
かつての岸辺駅と跡地利用
かつての岸辺駅周辺は、吹田操車場や鉄道関連施設が広がる、まさに「操車場のまち」を象徴する地域であった。大阪駅から電車でわずか十数分という近距離にありながら、長らく広大な操車場の跡地が残るその様は、巨大なポテンシャルを秘めていた。都心部にこれほど広大な開発可能な土地が残されることは極めて稀であり、この空間をどう活用するかが吹田市にとって大きな課題となった。
後藤市長は当時の状況をこう振り返る。「都心部にこれほど広大な土地が残っていることは、普通はあり得ません。品川や川崎の駅前も元は貨物駅であり、現在は商業・オフィス開発の象徴的なエリアとなっています。この場所も同様に、どういったエリアにするかという課題に直面したのです。市は土地を直接所有していませんでしたが、土地区画整理事業を通じてまちづくりの方向性を示す立場にはありました」。こうして市が明確に掲げたのが、商業開発ではなく「健康・医療・教育・文化」の一大拠点を目指すという方針である。この方針のもとに事業者が集い、現在の健都へとつながる基盤が着実に築かれていった。
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昭和45年頃の岸辺駅周辺。(提供:吹田市)
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吹田操車場[撮影年不明](提供:吹田市)
税収より「市の格」を重視
通常、地方自治体がこれほど大規模な跡地開発を行う場合、人口増や税収増を第一の目的に掲げ、商業施設や高層マンションなどを誘致して華やかな開発を行うのが一般的である。しかし、当時の吹田市は「人口増と税収増を一義的には求めない」という異例の決断を下した。
後藤市長はこの決断について、「公共施設や医療機関は固定資産税が非課税であり、直接的な税収や人口の増加にはつながりません。しかし『市の格を上げるエリアにしよう』と決断しました。他都市から『さすが吹田市だ』と評価されるような、機能と波及効果を備えたまちを目指したのです」。年々進む高齢化社会と急速に進歩する医療技術を見据え、ナショナルセンターを核とした医療のまちづくりに舵を切った選択は、市の将来を深く見通したものであった。国立循環器病研究センターや市立吹田市民病院、緑豊かな公園が駅前に集積することで、直接的な税収には直結しなくとも、都市としての本質的な価値と品格が高まる―そうした長期的な視野がこの判断の根底にあった。

2019年ごろの岸辺駅周辺(提供:吹田市)
周辺へにじみ出す良い影響
健都のまちづくりにおいて吹田市が強く意識したのが、「ゲーテッドシティ(閉ざされた街)」にしないことである。一部の人だけが安全と恩恵を享受し、外部と隔絶された空間をつくるのではなく、高度な医療・健康機能がまち全体へ波及していくことを目指した。後藤市長はその理念をこう表現する。「拠点を創ることで、良い影響が周囲に連続性を持って『にじみ出す』ような都市計画を意識しました」。
実際、医療機関の集積に伴い、関連企業が自然発生的に集まるクラスターが形成されつつある。市が積極的に企業を呼び込むのではなく、健都の理念に共感した企業が自発的に進出している点がこのまちの特徴だ。中には市民と直接交流できる空間を設け、来訪者のバイタルデータをもとに健康的な食事を提供するなど、食と健康の研究開発を行う企業も現れている。企業活動が市民の暮らしに還元され、まち全体の魅力が相乗的に高まる好循環が生まれている。
民間主導の南側エリア開発
岸辺駅の北側で健都という一大プロジェクトが進む一方、駅の南側エリアでも劇的な変化が起きている。かつて南側の駅前には巨大な工場が存在していたが、移転に伴い広大な土地が空き、約20年間にわたり定期借地として商業施設が運営されてきた。現在ではその期間を満了し、大規模マンションをはじめとする大規模な住宅開発が着工している。注目すべきは、この南側の再開発に吹田市がほとんど直接関与していないという点だ。後藤市長は「市はほとんど関与していません。交通利便性の高さと、健都の発展による地域価値の向上が相まって、民間主導で開発が進んでいくのが吹田市らしいところです」と説明する。交通利便性に加え、北側の健都開発が地域全体の価値を底上げした結果、民間の活力を中心とした開発が自然と動き出している。周辺には大型スーパーマーケットが相次いで出店し、地域住民の生活利便性も高まっている。

開発が進んでいる南側エリア
15分都市と未来の吹田市
後藤市長が描く理想のまちの姿の一つに「15分都市」というコンセプトがある。これは、自宅から自転車を含めた15分圏内に、生活に必要なあらゆる機能が揃っている状態を指す。「岸辺駅周辺は機能が揃っているだけでなく、さらに複数の選択肢から『選べる』ほどの充実度を誇っています」と市長は語る。
日本全体が人口減少局面にある中、吹田市は交通利便性と良好な住環境が高く評価され、他都市からの流入によって人口増を維持している。市長はこう言葉を続ける。「10年後、20年後の市民にとって何が必要かを見据えたまちづくりは、短期的な市場原理には乗りません。将来を見据えて都市の基盤を整えることこそが、行政本来の仕事です」。目の前の利益にとらわれることなく、未来の市民が当たり前のように享受できる「宝物」となるまちをつくること——健都を契機とした岸辺駅周辺のまちづくりは、吹田市がこれからの時代も選ばれ続けるための、確かな礎となっている。
〈岸辺駅周辺エリア 開発年表〉
【大正12年】
・吹田操車場 操業開始
・東洋一の規模を誇る物流拠点に
【昭和59年】
・操車場の機能を廃止。信号場となる
【昭和62年】
・旧国鉄分割・民営化、国鉄清算事業団発足
【平成21年】
・「東部拠点のまちづくり計画」策定
・国立循環器病研究センターに吹田操車場跡地での事業展開について検討を依頼
【平成24年】
・JR岸辺駅北交通広場・南北自由通路供用開始
・市立吹田市民病院の吹田操車場跡地への移転建替を決定
【平成25年】
・吹田貨物ターミナル駅開業
・国立循環器病研究センターの吹田操車場跡地への移転が決定
【平成27年】
・跡地エリアの名称を「北大阪健康医療都市」、愛称を「健都」に決定
【平成28年】
・健都の一部である摂津市域(千里丘新町)がまちびらき
【平成30年】
・健都レールサイド公園・健康増進広場の供用開始
・JR岸辺駅前の駅前複合施設(VIERRA岸辺健都)が開業
・市立吹田市民病院が北大阪健康医療都市へ移転開院
【令和元年】
・国立循環器病研究センターが北大阪健康医療都市へ移転
【令和2年】
・健都ライブラリーが開館
【令和5年】
・国立健康・栄養研究所が東京より移転開業
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