一度は聞いたことがある方がほとんどだろう。『平家物語』の冒頭である。何故、聞き覚えがあるかというと、平家物語は学校の授業で一度は学ぶからだ。ちなみに私の中学校には、前述の冒頭を丸暗記し、２０秒だったか、３０秒だったか以内に読み上げるという試験があった。制限時間をオーバーしたら失格。噛んだら最初からやり直し。しかしやり直しは一度まで。二度目の失敗をすれば失格、再挑戦は無し。一カ月くらいの期間内に、いつでもよいので本人が「いける！」と、思った時に挑戦すべし。
　今思えばなんちゅう試験やとも思うが、案外これが盛り上がった。制限時間内に読み上げるのは当然なのだが、速ければそのタイムを張り出すといった趣向があったからだ。もっとも幾ら速くとも、成績に反映されることはない。完全に自己満足の世界なのだが、中学生はこのようなことでも必死になるものだ。

　結果、前人未踏の７秒台を叩き出して記録は認められた。確かそのまま一位を守り抜いたと思う。そこの記憶が曖昧なのは、もう記録を出した時点で燃え尽きていたからだろう。以降、一度たりともこの冒頭を口にすることはなかった。
 と、ここまで随分と阿呆な話に付き合って貰った。本題である。
　二年前、二十三年振りにこの冒頭を声にして読み上げた。流石に諳んじている。きっかけは平家物語に纏わる小説の執筆に着手した時だ。平家物語は授業でも教えられ、国民の半数以上がその名を知っている。それなのに今なお、その作者が解っていないのである。
　通常、このような物語は歴史の勝者が残す。しかし、ご存じの通り源平合戦において平家は敗者である。そこも無性に気に掛かり、色々と調べているうちに私の頭に一つの物語が立ち上がった。
　各地方新聞で一昨年から今年に掛けて連載し、この三月十五日に本として出版する。主人公は平清盛の四男で、平家の最後を見届けた男である平知盛。そして今一人、平家物語を編んだ誰か――。題名は『茜唄』である。
　あの中学生時代の練習がここに繋がるとは、小説家とはなんとも不思議な職業だと思う。