吾翔けるvol.14 -青春時代の思い出の味-

私は京都府南部、木津川市の生まれだが、中高は奈良県にある一貫教育校に通っていた。私が高校三年生の時に学食が出来たのだが、それまでは学校のすぐ前にあるパン屋さんが販売しに来ていた。母が忙しくて弁当を作れず、「今日、悪いけどパンにして」とお金を渡されることがある。母は申し訳なさそうに言うけれど、私としては結構嬉しかったものだ。

私が好きだったのは焼きそばパンだ。コッペパンに、焼きそばとマヨネーズが挟まれ、上に紅ショウガがのっている。特段、変わったところは何も無い。が、美味いのである。この焼きそばパンを中心に、あと二つくらい買うのがベストの布陣だ。

焼きそばパンは、二つくらいしかなかったため、すぐに売り切れてしまう。四時間目のチャイムが鳴ると同時に、すぐに向かわねば間に合わない。当時、パン屋さんは一階の玄関口の近くに机を並べて販売していた。私の学校は中学一、二年生の教室が一階、中学三年生、高校一年生は二階、高校二、三年生は三階にあった。

教室が一階にあった頃はともかく、三階になってからはもう必死だ。廊下を走っているのを先生に見咎められれば時間をロスしてしまう。これは確実に間に合わない。よって競歩選手かのような速足で向かうのだ。それでも二度に一度くらいは焼きそばパンが売り切れてしまい、他のパンを主軸に買わねばならない。他のパンも十分に美味しいのだが、やはり逃した時は悔しかったものである。

先日、近くを車で通ったため母校に寄った。少し話は逸れるが、講談社から出している『イクサガミ』シリーズの担当編集は同窓である。私が卒業すると同時に入学してきたので入れ違いではあるが、聞いた時は驚いた。少し前に彼女と母校の話をしたことが、頭にふっと過(よぎ)ったのである。

その日は休日だったため学校は閉まっていた。が、あのパン屋は今も変わらぬ姿でそこにあった。しかも開いていたのである。中に入ってみる。店先におられたのは、私が知る当時のおっちゃんと、おばちゃんではなかった。しかし、パンのラインナップはほとんど変わっていない。思わず「うわ、懐かしい」と口にすると、店員さんが「卒業生？」と声を掛けて下さった。

そこで少し会話が生まれた。聞くところによると、私の知る方々はご健在なれども、すでに代替わりをされたらしい。店員さんの中には、私のことをご存じの方もおられた。母校から直木賞作家が出たと、当時それなりに話題になっていたとのことで少々気恥ずかしかった。

パンを買って出ようと棚を見渡していると、あった。あの、焼きそばパンだ。迷わずトレイに入れた。他にもどんどん入れていく。数百円でいかに美味くて腹を満たすか、パンの組み合わせを考えていた頃が思い出された。普段、そのようなことは全く思わないものの、この時だけは「おお、俺も出世した」と、思ったものだ。
少々値段は上がっていた。ずっと据え置いていたのだけど、最近になって小麦の高騰に耐え切れず少し値上げさせて貰ったとのこと。それでも決して高くはない。

私はパンを買いこんで外に出た。車中で一つ頬張る。勿論、焼きそばパンだ。いや、これが実に美味かった。思い出の補正が掛かっているのだろうか。食べている最中、私の脳裡には過ぎ去りし日々が蘇る。青春の欠片とは、存外このようなところにあるのかもしれない。