歴史小説は難しいと思っている方が多いのは、作中の用語に馴染みがないこともあるだろう。例えば「胴丸(どうまる)」といっても、全く知らない人にとっては皆目想像も付かない。私は判らないことを前提に足軽が腹に巻く鎧などと、ざくっと説明はするものの、逆に知っている人からすれば、まどろっこしい一文になってしまう。この辺りの塩梅が難しい。
人名などもそうだ。これは織田信長を例にとってみる。会話以外の文、いわゆる「地の文」などというが、ここで「信長」と書くのは問題ない。しかし、会話文の中で「信長様は……」などとするのは正しくない。信長というのは諱(いみな)と呼ばれるもので、目下の者は絶対に口にしてはならないし、同格の者でも失礼に当たる。目上からや、敵からは呼ばれることはあるものの、これも実際は多く無かったようだ。