吾翔けるvol.16 -優れた嗅覚の使い方-

香りで季節の移り変わりを察することが多い。

私の五感の中で嗅覚が最も優れていると思う。逆に最も劣っていると思われるのは視覚だ。小学校四年生の時にはすでに視力は０・１となり、今ではこの数値では表せないほどの近眼である。コンタクトレンズで補正しているが、度数はマイナス二桁台（付けない人には分からないかもしれない）で、少なくとも人生で私より近眼の人に出逢ったことが無い。

２０１４年には、近眼のせいで両目共に網膜剥離を発症した。特に右目は一度、視野の九割を失い、手術で回復したものの未だに薄いサングラスを掛けたような状態である。視野の一部に歪みも残った。

話を戻すと、反対に自分の嗅覚はかなり鋭いのではないかと感じている。数時間前ならば当然だが、一日前の雨の匂いも感知する。当然、天気予報を見ずに。

こういう言い方をすると、些か気持ち悪いが、人の匂いも嗅ぎ分けられる。隣の部屋に誰がいるのかといったような感じだ。香水などは特にそうで、
「Ａさんと、Ｂさんは同じ香水だ」
といった具合だ。

冒頭に書いたように季節の匂いもそうだ。これは賛同者も多いのではないか。春夏秋冬だけでなく、その間の匂いも記憶している。数えたことは無いが十二、三種類の匂いがある。文筆を生業にしていながら、その全てを的確に表現できないのがもどかしい。
今まで僅かな賛同者しか得られなかったのが「町の匂い」である。

その町、特有の匂いがある。町と書いたが、それは山深い村にも、高層ビルが立ち並ぶ大都市にもある。何となくそうなのだろうなと茫と思っていたが、昨年４７都道府県を回って確信した。似ているものはあるものの、どれ一つとして同じものが無い。

では、その匂いは何処で変わるのかと厳密なことを聞かれても、正直なところ首を捻らざるを得ない。少なくとも行政区の境ではないように思う。どちらかというと生活圏のほうが近いのかもしれない。例えば、県境を越えても笠置と伊賀はほとんど同じ匂いがした。

なかなかご理解は頂けないかもしれないが、これが外国の話になると頷いて下さる方も多いのではないか。明らかに違う匂いがするのは分かると思う。

そのように町ごとに異なる匂いの中で、私が絶対に間違わないであろう町がある。目隠しをされて連れて行かれても、確実に当てる自信があるほどだ。

それが奈良である。私は京都府南部の生まれだが、中高は県境を越えて奈良の学校に通っていた。

奈良町の中をそぞろ歩いたり、猿沢池のほとりで何をするでもなく佇んでいたり。過ごした時間は少なくとも、鮮烈に記憶に残る出来事があった町は、匂いもよく覚えているということだろう。

と、ここまで「犬か」とつっこまれそうな、奇人のようなことを書き連ねてきたが、そのような私だからこそ、小説の中で嗅覚の描写を入れることが多い気がする。場面の切り替わりなど、季節の匂いを入れて、没入してもらおうとする。その作家が五感のうち何を特に重要視しているのか、という視点で小説を読むと、また別の楽しみ方が出来るかもしれない。