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TOP > 〈特集〉直木賞作家・今村翔吾さんの連載コラム「吾、翔ける」 > 吾翔けるvol.29 -夏の終わりに感じたこと-
八月後半から九月初旬まで、約二週間の出張があった。大阪、東京、山形、秋田で、それぞれ仕事があったので一気に回ったのである。
秋田では、新聞社の秋田魁新報主催の講演を行った。その前日は全国的にも有名な大曲の花火競技会の開催日であった。秋田魁新報の方々が諸々の手配をして下さり、私と秘書たちで、良き場所で観覧させて貰うという僥倖に恵まれた。
これが、凄いの一言である。私は花火を観るのが好きで、近畿各地の主要な花火大会には足を運んだことがあるが、頭一つ、いや二つほど抜けていた。 まず違いを感じたのは、花火の広がり方、丸い形が美しいこと。そのような違いが判るのかと言われそうである。が、素人目に見ても明らかであった。競技大会という性質上、一発、一発が特に丁寧に作られているからかもしれない。 二つ目は演出である。昨今、音楽に合わせて花火を打ち上げるのはよくある。大曲でも協議会の合間に、一種の花火ショーのようなものが挟まれた。正直、どこも大して変わらないだろうと高を括っていたが、直ぐに考えを改めた。「ラスベガスか!」と、言いたくなるほど派手かつ、よく練られた演出に舌を巻いた。 そして、最後に一つ。イベントの仕切りが極めて良かった。花火大会が終われば、帰路に着く人たちでごった返すのはどこも同じだろう。駅前などは特に人が殺到する。大曲では河川敷に十万人、周囲も合わせれば七十万人も観客がいるというので、当然ながら混雑はする。しかし、「十万人いてこの感じか?」というほど、スムーズなのである。まず警察、スタッフの誘導がかなり上手い。これは他の花火大会に比して群を抜いていると感じた。
加えて、事前の準備がしっかりと行われている。駅前は柵で幾つものルートが作られており、新幹線の指定席に乗る人、自由席に乗る人、盛岡方面、秋田方面など、駅の数百メートル手前から人が分岐していく仕組みになっていた。また人の溜まり場も用意され、何故待たされているのか、どれくらいの時間で動くのか、電光掲示板やアナウンスで報せてくれる。今まで参加した花火大会の中で、最もストレスを感じなかった。 花火そのものも素晴らしかったが、私はこの仕切りに最も感心した。恐らくこれまでに大小のトラブルもあっただろう。それを着実に改善してノウハウを積み上げてきたことが窺えた。 花火大会に限らず、日本各地で一年中様々なイベントが開催される。それが短命に終わるのか、それとも長く愛されるものになるのかは、このような姿勢で決まるのかもしれない。 多忙な日々が続いたこともあり、こうして花火を会場で見るのは作家になってから初めてのこと。とてもいい思い出になった。 いよいよ、夏も終わる。普段は暑い暑いと文句ばかり零しているが、終わるとなると一抹の寂しさがある。これも四季の中で夏ならではかもしれない。