ギロリとにらむ血走った目玉、いまにも動き出しそうな指。これらはなんと、手作りのお菓子。豊中市のふるさと納税返礼品に選ばれており、日本各地から注文が殺到する一品だ。この唯一無二とも言える“ホラー菓子”を作るのが、豊中で菓子工房を営むナカニシア由ミさん。このホラー菓子が生まれるまでの意外なきっかけと、菓子作りに込める想いを聞いた。
-奇々怪々なお菓子のきっかけは娘へのホラー弁当-
乳酸飲料やコーヒーの寒天などで眼球を作り、果汁とリキュールで細かな血管を表現した「目玉ゼリー」。爪をピーナッツ、溢れる血をカシスジャム、プレッツェルを指の骨に見立てた「指クッキー」、「なめらか食感のチーズケーキの中にカシスジャムが詰まった「脳みそレアチーズケーキ」。思わず「ギョッ」とするほど、リアルなお菓子作りはナカニシさんの遊び心から始まった。
怪奇菓子の中でも人気の目玉ゼリーと指クッキー、「脳みそレアチーズケーキ」など。
子どもの頃からインドア派だったというナカニシさん。幼少期は工作や読書が好きだったそうで、外国の童話全集を読みふけり、物語の舞台である海外の暮らしに憧れを抱くようになった。短大卒業後に「日本以外の世界を見てみたい」とアメリカに飛び立ったが、この頃は意外なことに、まだ料理やお菓子作りに興味は全くなかったそう。
ニューヨークで暮らしはじめたナカニシさんは、語学の勉強を兼ねて訪れた映画館で“ホラー”と出会った。「元々ホラー映画は好きじゃなかったんですけど、英語がわからないのであまり怖くなかったんです。それで派手な演出とかグチャグチャの映像が面白くて。語りが少なくて動きだけで見られるホラー映画にハマりました」と当時を振り返り、様々なホラー映画を見漁る日が続いたという。
そして数年間アメリカに滞在し、帰国後に結婚と出産を経験。そんなある日、当時保育園に通っていた娘から「キャラ弁」をせがまれたことが転機となった。その頃も料理への興味は全くなかったナカニシさんは、「ただでさえお弁当作りは面倒なのに、キャラ弁なんて…」と負担に感じたそう。そこで「『こんな弁当イヤ!』って言われる弁当作ったろ」と、まさかの娘への嫌がらせを決行。あえてエイリアンを模した“ホラー弁当”を作って怖がらせる作戦に出た。
「いざ見せる時、娘はワクワクしてたんですが、蓋を開けた瞬間に固まってました。『ありがとう。もう作らなくていいよ』と言われたんで当初の目的は果たせたんですが、想像よりずっと上手に作れたから楽しくなっちゃって。私自身の趣味としてのめり込んでいきました」。
ベーコンや卵で作ったナカニシさん初のキャラ弁「ホラー弁当」
-こだわりにこだわりを重ね、趣味から仕事に-
その後もホラー弁当を作ってはSNSにアップし、仲間内で楽しんでいたナカニシさん。しかし見た目の完成度を追求するあまり、徐々に味が二の次になってしまったそうで「本当に食べられないほどマズかった」と振り返る。そんな中、「お菓子なら見た目と味を両立しやすいのでは」と考え、ハロウィンが近づいた時期にお菓子作りに挑戦。「指クッキー」を試作してみたことがホラー菓子の始まりだった。「娘に『指だよ』と言わずに見せたのですが、ただの細長いお菓子だと思われて普通に食べられました。その時は悔しかったですね」と苦笑するナカニシさんだが、この出来事で制作魂に火がつき、ホラー菓子作りへと没頭していった。
趣味が高じて友人へのプレゼントとしてもホラー菓子を制作するうち、噂を聞きつけた友人の友人からも制作の依頼が届くようになった。「遠方に発送しても品質が保てるとわかったので、『これ、いけるぞ』と思いました」。当時ホテルで働いていたナカニシさんは、副業としてホラー菓子作りを開始。バレンタインやホワイトデーなどの節目には注文が殺到し、仕事を休んで制作しなければならないほど人気になったことで、2016年に菓子作りを本業として専念する決意を固めた。
誕生日会やクリスマスなどで人気の脳みそ目玉ケーキ
-感情を揺さぶる怪奇菓子を今後も-
パーティーやイベント向けに人気を博していたホラー菓子だったが、コロナ禍でイベントが軒並み中止となり一度は需要が激減。なんとか打開すべく模索したナカニシさんは自動販売機での販売に挑戦することに。リースやレンタルなどはなく自費で購入して大勝負に出た結果、SNSや口コミで評判が広がり大成功。現在はモノレールの大阪空港駅と、心斎橋ビッグステップに設置されている。中でも空港の販売機はナカニシさんが自ら補充・メンテナンスを行なっているそうで、並んでいるお客さんにもビックリされるんだとか。
菓子作りから発送までほとんどをワンオペで行い忙しい日々を送りながら、シングルマザーとして娘との時間も大切にしている。繁忙期に犠牲にするのは自身の睡眠時間だ。「寝る時に熟睡しちゃうと起きられないから、忙しいときは床で寝ています。最近は床でも熟睡しちゃうので、起きるのが大変です」とナカニシさん。高1になった娘さんもホラー菓子作りを応援してくれているそうで、充実した日々を送っているそうだ。
それだけに、忙しさを理由に品質を落とすようなことは絶対にしないと決めている。「驚いてほしいし、笑ってほしいし、怖がってほしいし、美味しいとも思ってほしい。もう全部の感情を体験して欲しいんです」と笑顔で語るナカニシさん。いずれは全ての臓器をお菓子で再現することが目標だといい、現在は舌をモチーフにしたムースの開発に取り組む。私たちの感情を揺さぶる感動を与えてくれる彼女の情熱は、まだまだ冷めることがない。