桃山台駅から5分ほど歩いた先にある「竹見台マーケット」。千里ニュータウンの暮らしを支えてきたこの市場は、かつての活気を思わせつつも、周りを歩けばシャッターが降りた店舗も目立つ。そんな昭和の面影を残す街並みで2023年9月にオープンした「B.B.CURRY」。オーナーシェフの馬場さんが提供するのは、青春時代の思い出の味を復活させたスパイスカレーだ。
-「スパイス飯店」との運命の出会い-
1977年、吹田に生まれた馬場さんは「自然が多くて遊ぶ場所には困りませんでした」と少年時代を振り返る。店がある竹見台も含め、千里ニュータウンの周辺で遊ぶことが多かったという。そして高校に進み美大への進学を志すようになった馬場さんが出会ったのが、中津の美術予備校の向かいにあったカレー屋「スパイス飯店」だった。「店内にはジャズやブルースが流れ、まさに“大人のカフェ”でした。初めて食べたときは率直に『辛いな』と。でもなぜか『また食べたい』という気持ちが湧いてくる味でした」と馬場さん。次第に予備校より店に通うことが目的となり、マスターの玉田賢司さんとも親密に。「年の差は10歳ほどありましたが、通い詰めるうち友人のような関係になりました」。
その後、仕事では当時熱中していた古着の世界へ進みつつ、プライベートではマスターのもとに足を運び続けた。自身の古着店を構える際もスパイス飯店の近くを選んだほどだった。

19歳頃の馬場さん(右)とスパイス飯店マスターの玉田さん
-受け継がれた記憶の味を再び-
しかし2010年にマスターのがんが発覚。同年にスパイス飯店は閉店を余儀なくされ、翌年39歳の若さでこの世を去った。すると葬儀の場で馬場さんは、マスターの母から一冊のノートを託された。それはマスター手書きのカレーのレシピ帳。実は馬場さんは一時期飲食業に携わった際にマスターからカレー作りのアドバイスを受けており、お母さんいわく当時の2人のやり取りが印象深く残っていたという。「レシピをもらった時は驚きました。マスターのお母さんから聞くと、そんな手ほどきを受けていたのは周りに僕ぐらいだったそうです」。
いつかはカレー屋を――。馬場さんはそう思いつつも、本職のアパレル業で多忙な日々を過ごすことに。海外から買い付けたヴィンテージファッションのネット販売を手がけたほか、ブランド生地をリメイクした手帳カバーやバッグの製作も展開。全国の百貨店で年間50件もの催事を手がけるまでになった。
精力的に働く馬場さんにある情報が舞い込んだのが2018年のこと。阪急百貨店でカレーに関する催事が開催されるとの情報を得た。馬場さんはかねてからの思いを形にすべく、スパイス飯店の味を再現したカレー店として出展することに。受け継いだレシピ帳には、細かいスパイスの配合や調理法までは記されていなかったが、マスターの家族や当時の常連客たちと共に半年かけて試行錯誤を重ね、記憶の中の味を蘇らせた。そしてイベント本番。マスターの病気により残念ながら食べ納めができていなかった人たちが噂を聞きつけ、6日間の催事で3,600食を売り上げた。イベントが大成功を収めたことで馬場さんは「役目は果たせた」と感じていたという。

自身で百貨店の催事場にも立っていた馬場さん
-雑貨店ではなくカレー屋を-
再びアパレル業界で活動していた馬場さんだったが、2020年のコロナ禍で仕事は激減。同じころフライフィッシングに没頭し、全国の自然豊かな場所を巡るうちに地方から若者が減っている現実に気づく。そして「まずは足元から変えられないか」と千里ニュータウンの再生に目を向け、数あるニュータウンの中から立地が良く商店も残る竹見台マーケットに店を構えることを決めた。
ただ当初は雑貨のセレクトショップを妻の美紀さんと営む計画だった。しかし、店舗の工事前日、旧知の仲である職人が現地を訪れるなり「ここでやるのは雑貨屋とは違う気がする」と意外な言葉を発した。「その言葉を聞いた瞬間に直感で『カレー屋をやる』と言いました。すごく不思議な感覚でしたね」と馬場さん。隣で聞いていた美紀さんは驚きつつも、「そうしよう。私もそう思ってた。」と賛同した。こうして紆余曲折ありながら、スパイス飯店の味は、再び竹見台で蘇ることになった。
オープンから1年以上経過し、人気店となったB.B.CURRYは、今も馬場さんと美紀さんの2人で切り盛り。「喧嘩も絶えませんが、彼女がいなければ成り立ちません」と馬場さんが言えば、厨房を任される美紀さんも「お互いぶつかるときもありますが、これから挑戦したいことはたくさんあります」と生き生きと応える。
「このカレーは、自分だけではつくれなかった『みんなのもの』。一人でも多くの人においしいと言ってもらえるように頑張っていきたい」。そう語る馬場さんの言葉には、マスターやその家族、これまで関わってきた人たちへの深い感謝が込められていた。

馬場さんと妻の美紀さん
-カレーから始まる、新しい街づくり-
「街のにぎわいづくりなんて大げさなことは考えていません。でも、この店をきっかけに地域が盛り上がれば」。そう語る馬場さんは、これまでの経験を地域に還元する取り組みにも力を入れている。その一つが隔月で開催中の「竹見台ワンダフルマルシェ」。マルシェには百貨店の催事などこれまでの経験を通じてつながった魅力的な店舗を招き、多くの近隣住民でにぎわいを見せている。人と人の対面でのコミュニケーションの場を作ることは馬場さんが大切にしていることだ。もちろん馬場さんだけでなく、竹見台マーケットやここに関わる仲間たちも地域を盛り上げたいという気持ちは強く、そうした人々とのつながりが、この地を活気づける大きな力となっている。
しばらく先、再開発の話も出てきているという竹見台マーケット。「このまま廃れてなくなれば何も残らない。でもせめて、この街が『惜しまれる存在』になれれば」そう願う馬場さんは、マスターから受け継いだカレーの味とともに、これからの街の物語を描き始めている。

思い出の味を再現したタイカレー
【取材協力】
B.B.CURRY
TEL:06-6710-9775
月水木:11時〜14時半
金土日:11時〜14時半・17時〜20時
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