大阪大学豊中キャンパス近くに構える「ラーメンゆれる」。食欲をそそる極太肉厚なチャーシューがのったラーメンは学生たちを中心に胃袋を掴み、人気沸騰中。この一杯を作り上げた店主の前島さんは実はサラリーマン、お笑い芸人、ミュージシャンと異色の経歴の持ち主だ。その半生をひも解くと、客をとりこにするオリジナルラーメンの源が見えてきた。

名物パイカチャーシューをぜいたくにダブルのせ。肉肉ぶた白湯ラーメン1,100円
-笑って過ごしたいと選んだ道は苦行の日々-
「石橋阪大前駅東口をおりてドン付き右折 ~♪」。Instagramで店主・前島さんが歌う道案内ラップに合わせて進んでいくと、「ラーメンゆれる」が見えてきた。昼時には、豚骨のいい香りに誘われるかのように阪大生が集まってくる。名物は、豚バラ軟骨「パイカ」をじっくり煮込んだビッグなチャーシュー。柔らかく、溶けた軟骨のぷるっとした食感にハマる人は多く、23年2月に開店してから2年弱で繁盛店になった。
ユニークな道案内について前島さんにツッコむと、「笑ってもらえたらいいなと。僕、実は元芸人なんです」というから驚く。大学卒業後に一般企業に就職したものの、多忙でストレスフルな毎日。唯一の息抜きは通勤中に聞くお笑い芸人のラジオだった。「生活できるぐらい稼げたらい いし、芸人ならヘラヘラ笑って暮らせるかも」と仕事を1年で辞め、NSC(吉本総合芸能学院)の門をたたく。ところが、待っていたのはウケるかスベるかのシビアな毎日だった。
「試行錯誤しながら、コンビを組んでは解散の繰り返し。最後には自分の“ニン(人)”が何かわからなくなったんです」。“ニン”とは漫才や落語などの業界用語で、芸人の個性やキャラクターのこと。「例えば“クズ芸人”とか“おバカ芸人”みたいに自分を〇〇芸人、と一言で表したかった。 でも、何をとがらせていけばいいのかわからず苦しくなって」と、当時を振り返る前島さん。約3年で芸人生活に終止符を打った。

NSC時代に初めて組んだコンビ。前島さん(右)と相方は現・カベポスターの永見さん(左)。
次に始めたのはミュージシャン。芸人から180度の転換だ。大学時代に同じ軽音楽部だった友人に誘われ、ユニットを組んだ。「実は自分の中では、お笑いの形式を変える、という感覚でした。歌ネタならハードルが低いんちゃうかと」。作詞作曲とボーカルを担当し、クスっと笑える歌詞を友人のギターに合わせて歌った。ライブハウスなどで演奏していたが大きな反響はなく、結局1年弱で解散に。当時28歳。「お笑い、ミュージシャンと挫折して、魂の抜けたような状態でしたね」。
-バンドを始めるままも挫折 誘われるまま父の店へ-
そんな前島さんにラーメン店を営んでいた父親が声をかけた。豊中で切り盛りしていた「麺屋ほぃ」が多忙になり、「正式なスタッフにならないか」という誘いだった。働き口がなかった前島さんは「親孝行になるか」と流されるままに承諾。昼から深夜まで厨房に立つハードな毎日が始まった。厳しい父からは、「言われた通りではなく自分で考えて働け」とよく叱咤されていたそうだが、挫折から立ち直れていない前島さんは心に穴が開いたまま働くのみだった。

ふざけた歌詞を真剣に歌っていたバンド時代
-コロナ禍に心機一転 ラーメンで人生を切り開きたい-
心境に変化が起きたのはコロナ禍だ。アルバイトのスタッフが濃厚接触者になり、店の営業が危ぶまれる事態に。「今のままだと他人に自分の人生が左右されてしまう。もう一度自分の力で何かやりたい、やるならラーメン屋しかない」と決断。父親は難色を示したが、芸人やミュージシャンをやると伝えたときと同じく、最終的には好きにさせてくれた。
オリジナルのラーメンを一度も作ったことがなかった前島さんは試行錯誤の日々。「父の専門である鶏白湯とは違うものを」と、スープは豚骨ベースに。他店と差別化をはかるためにリサーチを重ね、希少部位パイカのチャーシューにたどり着いた。「ラーメン作りも漫才のネタや音楽の曲作りと一緒。おいしくなかったら修正点を考えて、ウケるパターンを探っていく。芸人やミュージシャンの経験は案外無駄じゃなかった、と思えてきたんです」。
-昔と変わらずにこれからも“ニン”を追求していく-
2023年2月、ついに「ラーメンゆれる」をオープン。キャッチコピーは「でっかいお肉のラーメン 屋」だ。パイカチャーシューをぶれない軸とすることで、芸人時代には絞りきれなかった独自性を確立できた。SNSでのこまめな発信や店内で流れるヒップホップ、人気アニメを模したメニュー 表のデザインなど、ラーメン以外にも前島さんならではのこだわりが光り、それにハマるコアなファンも増えている。
父親も数回食べにきたそう。「感想はひと言、 普通(笑)。味に厳しい父の“普通”は合格点と思ってます」と前島さんは笑う。昨年第一子が誕生し、自身も父となった。手塩にかけて生み出したラーメンたちも、わが子のようにかわいい存在 だ。「飲食店で味を追求していくのは当然のこと。それに加えて『この店、なんかおもしろいよな』と言ってもらいたい。店とラーメンに、ますます僕の“ニン”が乗ればいいなと」。芸人、ミュー ジシャン、そしてラーメン屋と、常に真剣におもしろさを追求してきた前島さん。これからどんなふうに人の心をゆれ動かしてくれるのか、目が離せない。
【取材協力】
ラーメンゆれる
TEL:06-6710-9775
豊中市待兼山町21-3
営/11時~22時(通し営業)
火曜定休