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TOP > 〈特集〉直木賞作家・今村翔吾さんの連載コラム「吾、翔ける」 > 吾、翔ける vol.40 – よく驚かれること –
この六月で齢四十二となる。私としてはもう四十二歳かという思いだが、「え?まだ四十二歳なの?」と、驚かれることのほうが圧倒的に多い。私が元来の老け顔のせいもあるだろう。
中学校の修学旅行で実行委員長を務めた際、他の生徒よりも早くホテルのロビーに行ったところ、従業員の方から、 「先生も大変ですね。頑張って下さい」と、コーヒーを頂いたほどだ。少なくとも二十三歳以上には思われていたということなので、この頃から歳よりも上に見られる方だったのは間違いない。
「デビューから、二十年は経っているでしょう」などと、言われることも多い。現在、私はデビューから九年と三か月。まだ十年も経っていないのだが、これは著作の多さと露出に関係しているのかもしれない。 加えて、歴史小説家即ち年配。というイメージを持っている方もどうやら多いらしい。確かにその印象は間違っているとも言えない。小説家全体と歴史小説家とでデビュー時の平均年齢を比べたことはないが、体感として最低でも十歳は離れているように思う。これは昭和の頃よりも、平成、令和になるにつれて顕著な気がする。 小説家として四十代半ばのデビューは普通のことだが、こと歴史小説家に関して言えば、確実に若いと言われる。五十代でも平均。六十代でのデビューもざらにいる。この数年だけでも、六十代の後輩を何人も見てきた。歴史小説家として、三十二歳でデビューとなった私は相当若い部類に入るだろう。
何故、このようなことが起きているのか。理由は判らない。昭和の頃も、六十代で歴史小説家になる方は皆無ではなかった。が、ざっと調べてみると、やはり三十代からという方が大半であった。 デビューまでのハードルが上がっているのだろうか。出版不況などと言われていることもあって、若くして目指す人が減っているのだろうか。どちらもありそうではあるが、それならば小説家全体のデビューの年齢も上がっていないと辻褄が合わない。歴史小説、あるいは時代小説が顕著なのである。 ──歴史小説ってめちゃくちゃ調べなければいけないでしょ? 友人によく言われることだ。取材記者に聞かれることも多い。何となくこれが理由ではないかと思えた。昔に比べれば調べものは格段にしやすくなっている。調べたことの隙間に、自身のフィクションを混ぜ込むのが歴史小説というものだ。これが時に「そんなもの有り得ない」と批判を受ける。その為、ハードルがさらに上がるのではないか。 私は、歴史小説家志望の方は気にし過ぎないほうがよいと思う。もっと気軽に始めればよいと思う。 歴史に興味を持つ人が減ったのだろうか。いや、若い世代で城、寺社仏閣に足を運ぶ人も増えているし、母数は減っても熱烈な歴史小説ファンは増えている印象もある。