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CULTUREコラムVOL.17 梅花から「令和」を込めて

2021.02.28

好き嫌いは昔から

食べ物に好き嫌いはありますか?
『万葉集』巻十六には、長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が次のような歌を残しています。

酢・醬・蒜・鯛・水葱を詠む歌

醬酢(ひしほす)に 蒜搗(ひるつ)き合(か)てて 鯛願(たひねが)ふ
我(われ)にな見えそ 水葱(なぎ)の羮 (あつもの)
醬酢尓 蒜都伎合而 鯛願
吾尓勿所見 水葱乃煑物
(巻16・3829番歌)

「酢醤油にニンニクをつきつぶして鯛を食べたい。私に見せるなミズアオイのお吸い物なんて!」と。「蒜」を「ニンニク」と訳しましたが、「ネギ」でも「ショウガ」でも、お好きな薬味を想像してください。酢醤油に薬味を入れて、鯛につけてなんて、今日でもありそうな食べ方です。ミズアオイのお吸い物は、私に見せるなというのですから、嫌っています。
意吉麻呂は、このような歌をどこで詠んだのでしょう?私の子どもの頃の話ですが、出された食事に「食べたくない」なんて言おうものなら、「食べなくていい」と、料理がテーブルから下げられてしまったのを思い出します。自宅で詠んでいるとは思えません。ヒントは題詞にあります。「酢」「醬」「蒜」「鯛」「水葱」と食べ物の名前が、歌のお題になっています。目の前にあるものから連想される言葉を選び、その場で歌に詠み込むことが求められています。テレビの「笑点」という番組の大喜利で、落語家さんがお題を出されて、よい答えを出すと座布団がもらえ、だめだと取り上げられている様子を想像してください。意吉麻呂という人は、お酒の席でお題を出されると、直ちに詠んでみせたと記され、即興歌人と呼ばれています。
おそらくはよそのお宅に招かれて、目の前には鯛のお刺身があるのでしょう。問いかけに応じて、これを食べたいと詠み、引き合いにミズアオイのお吸い物を、自宅で食べ飽きているとして詠んだものと思われます。招待した主は、食べたかったのなら出してよかったと喜んでくれます。同席の者たちは、歌になりそうもない言葉を、次々に詠み込んでみせる意吉麻呂に、感心しながらも、「ではこれはどうだ」と新たなお題を出します。
酔いがすっかり回ってからの遊びに、道具は要りません。歌さえあれば楽しいひとときを過ごすことができました。

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梅花女子大学教授 市瀬 雅之

現代訳から原文までを用いて『万葉集』に文学を楽しむほか、『古事記』や『日本書紀』等に日本神話や説話、古代史をわかりやすく読み解く。中京大学大学院修了 博士(文学)。著書に『大伴家持論 文学と氏族伝統一』おうふう 1997年、『万葉集編纂論』おうふう2007年、『北大阪に眠る古代天皇と貴族たち 記紀万葉の歴史と文学』梅花学園生涯学習センター公開講座ブックレット 2010年。ほか執筆・講演・講座多数

 

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