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茨木市を舞台にした「葬式の名人」の 脚本・プロデューサー 大野裕之さん

2019.08.19

脚本家、映画プロデューサー、劇作家、演出家、作曲家とマルチに才能を発揮し、日本チャップリン協会会長を務める映画研究家でもある大野裕之さん。プロデューサーと脚本を担当した、茨木市制施行70周年記念映画、「葬式の名人」の茨木市先行上映を前に話を伺った。

-大野さんと茨木市はどのような繋がりがあるのでしょうか
 実家は市外なんですが、高校は川端康成に憧れて茨木高校に入学しました。この茨木高校での思い出が僕の人生の中で大きな意味を持っているんです。当時から生徒自治の自主性が強い高校ですが、とりわけ体育祭には力を注ぐ変
わった高校(笑)でした。学校側で体育祭の活動を禁止にする期間を設けるほど、エネルギーと知力、精神力、体力すべてを懸けて体育祭を作り上げるんです。そこでの経験が自分のルーツになっていると思います。

-どのように映画、演劇の道を進んでこられたのでしょうか
 昔から映画は大好きでした。浪人時代にバイトで貯めたお金でイギリスに行ったのですが、そこで音楽で紡ぐドラマ性の強いミュージカルに出合い、大学に入ってミュージカル劇団を作りたいと思ったんです。翌年には京大に入学し、「劇団とっても便利」を作り、授業はろくに出ずに稽古ばかりしていました。専攻は映画学で、好きなチャップリンの論文を書こうと再びロンドンに渡りました。英国映画協会で、チャップリンのNGフィルムを観た世界で二人目の人間となることができて、論文を完成させました。さらに縁あってチャップリンの親族と親しくなるということもありました。映画を研究したり演劇を実践したり、好きなことをしているうちにこの道に進んでいました。

-「葬式の名人」のストーリー、茨木市オールロケについて
 実は映画の話が出たとき、単なる町おこしならやめとこうと思ったんです。映画は表現であって手段ではないからです。しかし、市からはPR映画にする必要はない、すべて任せると言われ、作品作りが始まりました。この作品には茨木市の心地よい品の良さ、程よい人間関係が、このストーリーと北摂の独特の方言のようなものが作品に滲みでていると思います。ストーリーは当初、川端康成の茨木での青春時代を考えていましたが、その時代設定で映画を作ることは不可能でした。そこで川端康成作品「葬式の名人」「少年」「師の棺を肩に」などをモチーフにしてストーリーを考え、生きることの大切さをユーモラスに描いています。

-コメディーとお聞きしましたが、チャップリンの影響はあったのでしょうか
 チャップリンの影響というのは一切ないです。チャップリンは天才であって、その真似はできないです。リアリズムをファンタジーで一気に飛び越えるのは天才の技であり、私には無理です。チャップリンのNGフィルムを見ると些細なシーンでも何度も何度も撮り直し、最高のカットが撮れるまで妥協していないのがわかります。本質に関係ないこと、いい加減なことはしてはいけないというチャップリンのストイックさは見習いたいと思います。

-昨年6月の地震の影響はありましたか
 撮影開始前に地震がありました。最悪中止も頭をよぎりましたが、ロケ先全員の方から「大丈夫!映画をやめないで!」と言ってもらえました。市民の皆さんが映画を楽しみにしてくれていると、ひしひしと感じ、映画が被災地支援の使命も背負ったと思いました。川端康成は幼少の頃に全ての肉親を亡くし、絶望の底にあり、作品には死の影の冷たさがあります。しかし、だからこそ求めるピュアな希望が川端文学にはあります。単に生きることの大切さだ
けを描くのではなく、裏表を見据えているんです。「葬式の名人」は裏を返せば、大切な人を見送って新しい人生を始めるという、生きることの名人となります。根本的な所で、人を励ますような映画にしたいと、地震を通して改めて感じました。

-ふるさと納税を活用したクラウドファンディングで2,400万円を超える寄付が集まったそうですね
 クラウドファンディングの募集情報にキャストの情報は出しませんでした。茨木市で映画をつくる、という紹介だけで予想を超えて集まったんです。茨木市を大切に思う皆さんの気持ちを感じ、これは絶対に失敗できないぞ、と身が引き締まりました。

-前田敦子さん、高良健吾さん、有馬稲子さんなど豪華な出演者が注目されますが、スタッフ陣も素晴らしいメンバーだそうですね
「ウルトラQ」「帝都物語」カメラマンの中堀正夫さん、「Shall we ダンス?」「シコふんじゃった」の美術、部谷 京子さん、「戦場のメリークリスマス」の編集、大島ともよさんなど、スタッフが日本映画のレジェンドばかりの布陣で、映画好きにはたまらないメンバーが茨木に結集しました。スタッフも俳優さんも、みんなが茨木を好きになってくれたのが、有難いです。

-最後に読者に一言をお願いします
 日本を代表する実力派の俳優とスタッフが結集し、川端文学の豊潤な世界を笑いと涙を織り交ぜて描きあげた人間ドラマです。ぜひスクリーンでお楽しみください。

監督は映画評論家としても知られる樋口尚文さん。あらすじは、高校時代の同級生の訃報で集まったかつての同級生たちが、奇想天外な通夜を体験するというもの。出演は前田敦子、高良健吾、白洲迅など。全国公開日は9月20日(金)。8月16日からイオンシネマ茨木で先行上映されている。詳しくは下記ホームページを参照。
http://soushikinomeijin.com/

【PROFILE】
大野 裕之(おおのひろゆき)さん
1974年生まれ。
茨木高校、京都大学大学院卒。プロデューサー・脚本を手がけた映画『太秦ライムライト』で、カナダのファンタジア国際映画祭最優秀作品賞。著書『チャップリンとヒトラー』(岩波書店)で第37回サントリー学芸賞。日本チャップリン協会会長。

※本作のロケ地にもなった「福原商店」(茨木市元町6-35)で大野さんを取材。創業89年のたこ焼き、回転焼きの老舗店。

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