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髪の毛から健康チェック 吹田市の美容院が研究、実現に成功

2021.04.05

吹田市や豊中市で美容院を経営するテルミーソリューションズ社の山本光平社長(66)が、髪の毛の分析で糖尿病の指標となる物質を測定する技術を確立し、事業化を目指している。大学などとの共同研究で、美容院で髪を切った人にリスクが見つかれば、医療機関につなぐ。「美」への貢献に加え、「健康」という視点を美容院の役割に加える試みだ。将来的には全国の美容院、理容店で様々な病気のリスクを顧客と共有できる体制を目指す。

― 「和歌山毒物カレー事件」がきっかけ
山本さんは1930年創業の老舗美容院の3代目。大学卒業後、会社員生活を経て父の死により29歳で会社を継いだ。美容師資格は持たないが、客の次の来店時期の予測などをする顧客管理ソフトの開発に参加し、全国2千の美容院に普及させたユニークな経営者だ。
そんな山本さんが、美容院では捨てられるだけの切った髪の持つ可能性に気付いたのは、1998年に起きた「和歌山毒物カレー事件」がきっかけだった。4人が死亡した事件の裁判で、大型放射光施設「スプリング8(エイト)」(兵庫県佐用町)による関係者の毛髪のヒ素に関する分析データが、証拠として提出された。

「えっ、髪の毛でそんなことできるんや」。山本さんはスプリング8の研究者に連絡を取って、佐用町に通った。その後、滋賀医大や静岡県立大との研究に発展。2017年からの藍野大(茨木市)との共同研究で、「毛髪中の糖化タンパク測定法」の実用化にめどをつけた。吹田市の補助金も受けての成果だった。現在も複数の大学と連携し研究を深める。「学者」ではないが、各国の論文を読んで仮説を立て、専門研究者に投げかけ続けている。

― 髪の毛から糖化タンパク質を測定
「糖化タンパク」とは何か。糖化は、食事などで摂った糖質がタンパク質や脂質と結びついて細胞などを劣化させる現象だ。糖とタンパク質が結合した糖化タンパクは、老化を進めるAGE=糖化最終生成物に変化する。客と「老化」に立ち向かう美容院にとっては因縁ある物質といえる。さらにAGEは血管や内臓に作用して、糖尿病のほか、動脈硬化やがん、アルツハイマー病などの原因になるという。近年、ダイエットや健康のため「糖質制限」が注目されているが、こうしたダイエット本が書店に並び、糖質ゼロのビール類や低糖質のパンなどが発売されるのも、糖化のリスクが背景にある。

山本さんらの毛髪分析の技術は、まず健康な人の毛髪中の糖化タンパク量を測定して正常値を確定。さらに糖尿病患者のHbA1c(ヘモグロビン・エーワンシー=1~2ヶ月の平均血糖値)と毛髪糖化タンパクを測って両者の相関関係を明らかにした。これにより、毛髪の糖化タンパク分析で糖尿病について、「異常」や「健康」、中間の「未病」を判断することができるようになった。毛髪は月に1cm伸びることから、1cmで1ヶ月間の状態がわかる。来年1月の日本成人病(生活習慣病)学会の会合で、この技術について発表する予定だ。

― 論文を読み込んだAIで解析判断
実用化に当たっては、AI(人工知能)を大幅に活用する。世界中の論文を読み込んだAIによる解析で、判断の精度を上げる。結果を受けて医療機関やヘルスケア関連施設などにつなぐ際も、地域やその人の事情によりAIに最適な対応を導かせる。その点が評価され、この計画は最近、大阪商工会議所の「AIビジネス創出アイデアコンテスト2021」で、最高の「会頭賞」を受賞した。

― 37万店の理美容業界の活性化にも寄与
山本さんによると、全国に美容院は25万店以上ある。だが、少子高齢化で業界は人手不足に悩む。一方、コロナ禍で自治体の健診実施率は低迷し、生活習慣病の増加による医療費の増大が懸念される。

そんな中で山本さんの考えるビジネスモデルはこうだ。健診に行かない人も美容院には定期的に行く。そうした人に毛髪の糖化タンパク分析を提案し、店が髪を採取する。費用は1件数千円を想定。医療費を抑えたい自治体や健康づくりをアピールしたいスポーツクラブなどとも連携し、例えば自治体なら「健診に行けない人は毛髪分析を」と自治体負担での分析に誘導してもらう。検体を採る美容院には手数料が入り、意義ある新たな社会貢献で業界の活性化につながる。12万店近くある理容業界にも広げたいという。

具体的には、決められた方法で店で切った髪数本を、提携先の分析センターに郵送。分析結果を本人に伝え、異常であれば医療と連携する。健康、未病の人にも生活習慣病への意識を高めてもらう。参加日を顧客管理システムで把握し、次回の分析の案内などで継続的な健康ケアにつなげる。

気付きと継続のサイクル

毛髪分析により「健康無関心層」へ新たな受診への気づきとなるサービスを提供する。分析参加日時を顧客管理システムにて管理し、定期的な継続を提供する。

この事業は、国連が定める「SDGs(持続可能な開発目標)」にも合致すると山本さんは強調する。「すべての人に健康と福祉を」「働きがいも経済成長も」などの目標だ。「多くの人にとって身近な存在の理美容を、健康への窓口にし、社会に貢献したい。研究を続け、将来は多くの病気の対応にもつなげられれば。SDGsを大阪から実践することにもなる」と夢を広げる。

[ 研究の歩み ]

2006.02
世界最大の分析施設「Spring-8」にて研究開始
2010.12
国立滋賀医科大学と研究開始
2011.09
静岡県立大学と研究開始
2016.01
厚生労働省・経済産業省グレーゾーン解消制度認定
2016.02
近畿経済産業局「新連携」事業認定
2017.12
学校法人藍野大学と研究開始
2018.08
吹田市「地元企業等協同研究開発事業補助金」採択
2018.11
健康産業有望プラン発掘コンテスト2018「大阪府知事賞」受賞
2019.01
第54回日本成人病(生活習慣病)学会学術集会にて学会発表
2020.11
毛髪分析特許(特許第6795850号)取得
2021.02
大阪商工会議所主催「AIビジネス創出アイデアコンテスト2021」大阪商工会議所会頭賞受賞


株式会社テルミーソリューションズ
代表取締役社長 山本 光平さん

甲南大学法学部卒業後、ヤマハ発動機に入社。その後、1930年創業の家業である美容院の経営を引き継ぎ、開発したITシステムで、美容業界を一新させる効果を得る。2006年から毛髪による健康チェックの研究を始める。


 

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