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CULTUREコラムVOL.19 梅花から「令和」を込めて

2021.04.29

努力を測る尺度

自身の努力を誰かに伝えようとする時、どのような例え話をしますか?『万葉集』巻十六には、次のような歌が残されています。

  このころの我(あ)が恋力(こひぢから)記し集め
  功(くう)に申さば五位の冠(かがふり)
  比来之 吾恋力 記集
  功尓申者 五位万冠
    (巻16・3858番歌)

「近頃の私の恋の努力を、(あれもした、これもしたと)書き集めて成果を報告申し上げるなら、五位の冠(に相当します)」と詠んでいます。「考課令」という法律には、一年毎の人事考課が義務づけられています。功績や過失、行動や能力を、本人に伝えることが求められていました。評価は九等。奈良の都に1万人の官人が働いていたら、五位以上は100人程度です。給与も待遇も、六位以下と大きく異なりました。とはいっても、現実は父親の官位が子の昇叙に影響を及ぼし、努力だけでなれるのは稀なことでした。
 同じ人が続けて詠んでいるのでしょうか。「近頃の私の恋の努力に見合う(評価を)くださらないのでしたら、しかるべきところに出かけて訴えましょう」

  このころの我が恋力賜(たま)はずは
  京兆(みさとづかさ)に出でて訴(うれ)へむ
  頃者之 吾恋力 不給者
  京兆尓 出而将訴
    (巻16・3858番歌)

「京兆」は、司法・行政・警察などを掌った官庁を指します。もちろん、恋の努力を判断してくれる所など、あろうはずがありません。
 六位以下の官人が、五位以上への憧れと、恋への努力を重ねて詠んでいるようです。思う人に贈ったら、「よく頑張ったわね」と褒めてもらえたのでしょうか?仕事も恋もそれなりに成果が上がらないと、厳しいような気もします。それとも、仕事帰りに男同士で飲んで、恋愛話に「がんばってる、オレ・・・」と、くだをまいたのでしょうか。いずれにせよ、仕事に恋に抱く思いを、五七五七七の短歌で表現したところが芸であり、共感を得て書き残されたのだろうと思います。

◊   ◊   ◊   ◊   ◊

 

梅花女子大学教授 市瀬 雅之

現代訳から原文までを用いて『万葉集』に文学を楽しむほか、『古事記』や『日本書紀』等に日本神話や説話、古代史をわかりやすく読み解く。中京大学大学院修了 博士(文学)。著書に『大伴家持論 文学と氏族伝統一』おうふう 1997年、『万葉集編纂論』おうふう2007年、『北大阪に眠る古代天皇と貴族たち 記紀万葉の歴史と文学』梅花学園生涯学習センター公開講座ブックレット 2010年。ほか執筆・講演・講座多数

 

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