地域情報紙「City Life」が発信する地域密着のニュースサイト

CULTUREコラムVOL.25 梅花から「令和」を込めて

2021.11.02

五穀豊穣に感謝して

11月は、五穀豊穣に感謝する新嘗祭が各地で行われます。『万葉集』には天平勝宝四年(752)、従三位文室智努真人(ふんやのちぬまひと)の歌が次のように残されています。

天地(あめつち)と 久しきまでに 万代(よろづよ)に
仕(つか)へ奉(まつ)らむ 黒酒白酒(くろきしろき)を
天地与 久万弖尓 万代尓
都可倍麻都良牟 黒酒白酒乎
(巻19・4275番歌)

「天地と(ともに)幾久しく、万代までも(新穀で神酒を醸造して)奉献いたしましょう、黒酒と白酒とを(揃えて)」と詠まれています。「白酒」は濁酒。「黒酒」はクサギという植物の灰を混ぜて造られていました(『延喜式』巻40「造酒司」)。昼間の厳かな神事が、夜の宴の場で思い起こされ、詠まれています。
都の歌に対して、東国には次のような歌を見つけることができます。

誰(たれ)
そこの 屋の戸押そぶる 新嘗(にふなみ)に
我が背を遣りて 斎(いは)ふこの戸を
多礼曽許能 屋能戸於曽夫流 尓布奈未尓
和我世乎夜里弖 伊波布許能戸乎
(巻14・3460番歌)

「誰ですか家の戸を押し動かすのは、新嘗に夫を行かせて、(家で)神事を行っているこの戸を(押し動かすのは)」と。留守を狙っての侵入者なら物騒ですね。
『常陸国風土記』(ひたちのくにふどき)「筑波郡」(つくばのこおり)の条には、祖先神(そせんしん)が、多くの神々の所を廻られたというエピソードが、次のように記されています。日も暮れたので、駿河国(静岡県)の富士山で宿泊を求められましたところ、新穀祭の最中。家の中は物忌みをしているので無理です、と断られたそうです。祖先神は「あなたの親なのに泊めてくれないのか」と、たいそう恨まれたとのことです。常陸国(茨城県)の筑波山では、新嘗の最中ですが、それでもよろしければと迎え入れられ、祖先神が喜んだとあります。富士山は恨みを受けて夏でも雪が降り人も登らず、筑波山は今日でも、人々がにぎやかに行き集い、歌い舞う行事が続いている由縁になっています。先の東歌も、そんな神事の一場面を詠んでいるようです。
祝い方は地域よって様々のようです。皆さんのところでは、どのようにされているのでしょうか。私は新米を食べて、季節の恵みに感謝したいと思います。

◊   ◊   ◊   ◊   ◊

 

梅花女子大学教授 市瀬 雅之

現代訳から原文までを用いて『万葉集』に文学を楽しむほか、『古事記』や『日本書紀』等に日本神話や説話、古代史をわかりやすく読み解く。中京大学大学院修了 博士(文学)。著書に『大伴家持論 文学と氏族伝統一』おうふう 1997年、『万葉集編纂論』おうふう2007年、『北大阪に眠る古代天皇と貴族たち 記紀万葉の歴史と文学』梅花学園生涯学習センター公開講座ブックレット 2010年。ほか執筆・講演・講座多数

 

記事内の情報は取材当時のものです。記事の公開後に予告なく変更されることがあります。