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直木賞作家、今村翔吾さんが箕面の書店を継承

2022.01.20
リニューアルした店内で「よい本を届け、箕面の人に
気軽に来てもらえる店にしたい」と話す作家の今村さん。

 

第166回直木賞を受賞した歴史小説『塞王の楯』の著者、今村翔吾さんが、廃業が危ぶまれた箕面市の書店「きのしたブックセンター」の経営を引き継いだ。「町の書店をなくしてはいけない」とリニューアルオープンし、11月1日、再出発を果たした。

 

同級生との立ち話がきっかけに

「継いでくれる人を探している本屋がある。やってみないか」。人気の歴史小説家が、書店経営を引き継ぐきっかけになったのは、中・高時代の同級生との立ち話だった。「最初は、いやいや、そんなって(笑)。作家と書店って似てるとはいえ違う業界だし。なかなか難しいやろうって言ってたんですよ」。

「きのしたブックセンター」は1967年に創業。地域に愛される書店として最盛期には4店舗を展開した。しかし、徐々に売り上げが低迷。10年ほど前に2代目が引き継ぐも、やがて阪急箕面駅近くの1店舗のみとなり、厳しい経営状況が続いた。

箕面駅周辺の唯一の書店。ここが廃業すれば徒歩圏内に書店はなくなると聞いた。「でも書店を経営するとなると、資金や人手、時間も必要。引き継ぐのはやっぱり厳しいかなって」。

しかし書店を見学に訪れたとき偶然目にした光景が今村さんの背中を押した。「小学2年生ぐらいの女の子とおばあちゃんが絵本を買いに来たんですよ。ここがなくなるということは、女の子が大人になったとき『おばあちゃんと行ったあの本屋』の思い出もなくなるのかなって、ふと思って」。

執筆活動を支える事務所スタッフからの後押しもあり、最初に話を聞いてから約4ヵ月後、書店経営を引き継ぐ決意をした。

 

本屋のワクワク感を

まずは店の雰囲気を変えようとリノベーションに着手。棚や通路が入り組んだ店内をすっきりとシンプルにした。明るすぎた照明は柔らかな暖色系のものに変更し、本の表紙が美しく見えるように。

「本屋のワクワク感」を演出するため、在庫は従来の2倍近くに、店舗スタッフも増員した。訪れた人からは「店が明るくなった」、「前よりも広くなった」と好評だという。リニューアルオープンから1ヵ月ほどだが売り上げは昨年同月の130%で推移している。

 

書店内の「塞王の楯」が並ぶコーナー

 

作家の強みを活かした経営

現在は、執筆活動を続けながら「がち経営してます」と今村さん。毎日売り上げをチェックし、月に1~2回は作家事務所のある滋賀県から店に足を運ぶ。出版業界に身を置く強みを活かして、売れそうな本をいち早く仕入れたり、出版社をまたいだ販促企画を考えたり、作家ならではの書店展開を始めている。

書店経営を引き継ぐと聞いて、作家仲間からも次々と応援の声があがり、今後は作家を招いたトークショーなども考えているそう。「新たなものが生まれるのが事業承継のよさ。僕が引き継ぐことで、1足す1が、3になって4になって、やがて10になっていくのがおもしろみ」と笑顔で話す。

 

作家活動の原点

2017年に『火喰鳥』でデビューして以来、4年間で『童の神』、『じんかん』、『塞王の楯』が直木賞にノミネートされるなど、今もっとも注目される歴史小説家の一人。その原点も町の書店にあった。

「近所に一つだけ本屋さんがあって、おじいちゃんとよく行ってましたね。誕生日にも連れて行ってもらったり」。そこで出会った池波正太郎や、吉川英治、山本周五郎らの歴史小説の数々が、今村さんを作家へと導いた。「ふらっと立ち寄った本屋で見つけた本が、人生を変えることが本当にある。町の本屋は文化のインフラ。なくしてはいけないと思う」。

 

気軽に来てもらえる場所に

京都府出身で、現在は滋賀県で執筆活動をする今村さん。「よく『縁もゆかりもない所の書店を、なぜ』って言われるんですけど、逆にこれが縁だったのかなって。これをきっかけに箕面と長いお付き合いができたらと思っています」。

執筆業との両立は今後も続けるつもりだ。「『きのしたブックセンターっていうおもしろい本屋って、実は作家の今村翔吾がやってる』と言ってもらえるようになるのが、僕のゴールかな」。

『塞王の楯』 (集英社)
「最強の楯」と「至高の矛」の対決を描く戦国小説

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