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CULTUREコラムVOL.29 梅花から「令和」を込めて

2022.03.01

春の愁い

3月にもなれば春も暖かさを増し、草木の芽が伸び、花が色づきます。鳥も元気に鳴き始めます。奈良時代の春は、琴や酒で楽しむ季節とされるのが一般的でした。

ところが、『万葉集』を編んだ大伴家持は、天平勝宝五年(753)に「春の(うららかな)野に霞がたなびいているというのに(何というわけでもなく)もの悲しい、夕暮れのほのかな影の中にうぐいすが鳴いて(いっそう切なさを誘う)」

 春の野に霞たなびきうら悲し

 この夕影(ゆふかげ)にうぐひす鳴くも

 春野尓 霞多奈 伎 宇良悲

 許能暮影尓 鸎奈久母

(巻19・四二九〇番歌)

と詠みました。陽も落ちて辺りの景色が見えなくなり、静寂さだけが残された中に「我が家の庭の小さな群竹だけが(カサカサ、カサカサと)、吹く風の音となってかすかに聞こえる夕暮れよ」

 我がやどのいささ群竹(むらたけ)吹く風の

 音のかそけきこの夕(ゆふへ)かも

 和我屋度能 伊佐左村竹 布久風能

 於等能可蘇氣伎 許能由布敝可母

(巻19・四二九一番歌)

と詠み継いでいます。二日後には、「うららかに照っている春の日にひばりが(高々と)舞い上がって(平和で穏やかなのに)、心は切ない、ひとりでもの思いしているので」

 うらうらに照れる春日(はるひ)にひばり上がり

 心悲しもひとりし思へば

 宇良宇良尓 照流春日尓 比婆理安我里

 情悲毛 比登里志於母倍婆

(巻19・四二九二番歌)

と心の内を明らかにします。穏やかな春の季節とは対照的に、作者の心の内だけが晴れずにいます。もし皆さんが、春を愛でながらも、ふと心にやるせない思いや不安を感じることがあるとすれば、繊細な心情と季節の景色を重ね合わせた歌を、ここに読むことができます。家持は最後の歌に、「痛む心は歌でないと払うことができない。だからこの歌を作って、もつれ結ぼれた思いを晴らした」と注を付しています。心にとどめておくことのできない、やりきれない思いを表現せずにはいられないところに歌が詠まれることを、私たちに教えてくれる作品にもなっています。

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梅花女子大学教授 市瀬 雅之

現代訳から原文までを用いて『万葉集』に文学を楽しむほか、『古事記』や『日本書紀』等に日本神話や説話、古代史をわかりやすく読み解く。中京大学大学院修了 博士(文学)。著書に『大伴家持論 文学と氏族伝統一』おうふう 1997年、『万葉集編纂論』おうふう2007年、『北大阪に眠る古代天皇と貴族たち 記紀万葉の歴史と文学』梅花学園生涯学習センター公開講座ブックレット 2010年。ほか執筆・講演・講座多数

 

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