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CULTUREコラムVOL.30 梅花から「令和」を込めて

2022.03.30

桜花

桜といえばソメイヨシノを思い浮かべる方が多いと思いますが、万葉の時代は山桜でした。『万葉集』には、「桜花(さくらばな)」という歌語を見つけることができます。
「令和」が生み出された「梅花の歌三十二首」の中にも、実は次のような「桜花」が詠まれています。

梅の花咲きて散りなば桜花(さくらばな)

継(つ)ぎて咲くべくなりにてあらずや

烏梅能波奈 佐企弖知理奈波

佐久良婆那 都伎弖佐久倍久

奈利尓弖阿良受也

(巻5・829番歌)

「梅の花が咲いて散ったら、桜の花が引き続いて咲くようになっているのではありませんか」と。今この時期に、梅の花の次は何を思い浮かべますか?と尋ねられたら、桜の花ですと答えそうです。当たり前のことを詠んでいるこの歌は、歌になってないのでは?ともいわれかねません。でも、詠まれた宴は、1月に催されています。旧暦であることを考慮しても2月上旬。外の景色に桜の花を見つけようとしても、まだ無理だと思います。

言葉というのは面白いものです。梅の木を目の前にして、その花がどのような状態にあっても、表現の仕方ひとつで、蕾(つぼみ)をつけることも、膨らませることも、満開にも、そして花びらを散らせることも、実をつけることさえできます。更には桜の景色を生み出すことも。「桜花」は「さくらばな」という五音だけで、立派にひとつの景色を創出しています。歌語は、最小単位の言葉で、季節や景色を想像させてくれる便利な表現になります。言葉によっては、作者の心情をも含み込んで伝えてくれることもあります。

先に挙げた歌はよく見ると、上二句だけで既に梅の花を咲かせて散らせています。それだけでも十分せっかちだと思うのですが、その先に桜の花の景色を想像させています。早すぎるのでは?と思うと、「続いて咲くようになっているのではありませんか?」と、その答えが私たちに求められていることに気づきます。返事の仕方には、自身のセンスが問われるだけでなく、先に詠まれた歌が、駄作にも名作にもなります。

「桜花」は、言葉を加える余地を残して、詠まれるのを待っています。

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梅花女子大学教授 市瀬 雅之

現代訳から原文までを用いて『万葉集』に文学を楽しむほか、『古事記』や『日本書紀』等に日本神話や説話、古代史をわかりやすく読み解く。中京大学大学院修了 博士(文学)。著書に『大伴家持論 文学と氏族伝統一』おうふう 1997年、『万葉集編纂論』おうふう2007年、『北大阪に眠る古代天皇と貴族たち 記紀万葉の歴史と文学』梅花学園生涯学習センター公開講座ブックレット 2010年。ほか執筆・講演・講座多数

 

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