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-茨木市-時速5キロの超低速モビリティー「iino(イイノ)」

2022.07.04
「ゲキダンイイノ」座長の嶋田悠介さん

 

柔らかな曲線を描くフォルム。触れたくなるような木のあたたかみ。優しく木をノックするような音を響かせながら、ゆっくりと動く不思議な乗り物-茨木市にある関西電力の研修センターで出合ったのは、時速5キロの超低速モビリティー(乗り物)「iino(イイノ)」だ。開発したのは「ゲキダンイイノ」。「新たな移動体験を提供したい」と話す座長・嶋田悠介さんに話を聞いた。
 

より自由な乗り物を

嶋田さんは2009年、関電に入社。その3年後、東日本大震災が発生した。全国の原子力発電所が停止し、経営状態は悪化した。震災後、経営企画室に異動した嶋田さんは、経営計画の策定に携わるように。
だが「省エネ」「人口減少」「電力の自由化」が進むなか、電力事業だけで成長戦略を描くことは難しく、模索する日々が続いたという。

 

実験センター

関電の研修センターにある倉庫を改装した、ゲキダンイイノの実験センター


 
「何か新しいことをやらないと成長が見込めない」。新規事業を立ち上げるイノベーション推進グループへの異動を希望し、経営上重要なテーマと位置づけられていた「電気自動車」の事業アイデアを考えるように。
しかし「『電気を売る』という発想に縛られて」、打開策となるようなアイデアを出すことができなかった。

そこで思い切って「電気」から離れ、業務終了後に若手社員と「モビリティー」をテーマにアイデアを出し合った。

 

「iino」をデザインする建築士の浅井大河さん(左)と座長の嶋田悠介さん

 

どんな乗り物があったら良いだろう―
ふと思い出したのはゴミ収集車の後ろにつかまってピョンと軽やかに乗り降りする作業員の姿だった。

「あれ、うらやましかったよね」。好きなときに乗って、好きなときに降りられる。時刻表や駅から解放されて、体の延長線上にあるような、より自由なモビリティーを作りたい。

名前は「it is new one(新しいもの)」の頭文字をとって「iino(イイノ)」。少年時代の憧れを形にすべく、2017年、プロジェクトがスタートした。

 

「時速5キロ」がもたらすもの

初号機は、市場や工場などで使われる運搬車「ターレットトラック」を改造したもの。速度は時速7~8キロに設定した。「乗り物」である以上、人の歩く速度「時速5キロ」を超えないとニーズはないと考えたからだ。

だが、人を乗せた実証実験で予想は覆される。誰も自由に降りたがらない。理由は「速くて怖い」から。

そこで時速を5キロに変更。すると両手を離したり、スマホで景色を撮影したりと、参加者の反応が変わりはじめた。実験後は「なんだかボーっとしちゃいました」「コーヒーがいつもよりおいしく感じた」といった声が聞かれた。

今まで人類は「いかに速く遠くに行くか」を至上命題としてきたが、「遅くて近い」ということに便利以外の価値があるのでは―。

 

ターレットトラックからヒントを得た「iino type-S」

 

地域の魅力を伝える移動体験

「時速5キロのモビリティー」に可能性を感じ、仲間や出資を募るため社外でプレゼンを繰り返した。次第に、思いに共感した自動車メーカー出身のエンジニアや都市設計に携わる建築士などが、メンバーに加わった。

プロジェクトが社外で注目を集めるにつれて、関電でもサポートの動きが広がった。2020年、関電100%出資の「ゲキダンイイノ合同会社」を設立。
翌年には会津若松町の観光地域づくり法人(DMO)と協力して、観光ツアーを実施した。地元の食材と酒を楽しみながら、イイノに乗って夜の鶴ヶ城をめぐる企画で、ツアー終了後、参加者からは大きな拍手が湧きあがった。

 

鶴ヶ城をめぐる企画で使用した「iino type-R」

 

今年2月には、神戸市と協力して三宮中央通りで小型モビリティーの実証実験を行った。
国交省が推進する「歩きたくなるまち(ウォーカブルシティ)づくり」の一環で、エリアの回遊性、地域のにぎわい向上に向けた取り組みだ。

使用したのは高さ103センチ、幅70センチ、奥行き110センチの「iino type-S712」。

道交法改正に合わせて歩道を走行できるように開発したモデルで、歩行者との共存を考慮して外装に木材を使用するなど、あたたかみのあるデザインに仕上げた。時速は1~3キロに設定し、人が近づくとセンサーが感知して減速するため、自由に乗り降りできる。

 

実証実験で使用した「iino type-S712」

 

小型モビリティーを導入することで、徒歩では遠く感じる場所へ楽に移動できたり、気になる店があれば立ち寄ったりと「エリアを点ではなく、面として楽しんでもらうことができる」と嶋田さんは期待する。

今後も、行政と協力しながら町の魅力を伝える移動体験を企画する予定だ。誰も知らなかった「時速5キロ」がもたらすもの。ゲキダンイイノの挑戦はこれからも続く。

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