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【北摂のマチカド】 高槻市の喫茶店「秀辺留豆」【vol.2】

2020.01.15

何年も前から佇み、不思議と人々が集まるあの店にはどんなストーリーがあるのか。「~そこに”ものがたり“ がありました~ 北摂のマチカド」第2回は高槻市の喫茶店「秀辺留豆(シューベルト)」。個性豊かな店主と常連客たちが紡ぐ、素敵な物語をお届けします。

一杯がもたらす ゆるやかな時間
JR高槻駅南口の階段を下りてすぐ。グリーンプラザ1号館の裏通りにその店は静かに佇む。古びた煉瓦、アンティーク調のドア、レトロモダンを思わせる看板は、昭和からある喫茶店と一目で分かる。ドアを開けると落ち着いた雰囲気の店内に重厚感のあるクラシックが耳に心地よく響く。

オープン当時からほとんど変わらないメニューは、コーヒーや紅茶などドリンクがメイン。こだわりのブレンドと自家焙煎の「浅煎りでふわっとシャンパンみたいな香り」のモカが人気。

駅前の再開発と同時期にオープンして38年。マスターの吉田進さんと妻の智子さんが2人で切り盛りしている。吉田さんは音大のピアノ科卒業で、喫茶店を始める前に一度は指揮者を目指したこともある元音楽家。それを聞いて店名にも納得。名前の由来について聞くと「モーツァルトなんかはよくあるでしょう? だからそれ以外にしようと思って浮かんだのがシューベルト。大学生の時にシューベルトの課題が出たんです。地味やから最初は嫌やったけど、情感込めて音色変えて弾いたらすごく良くて好きになりました」と吉田さんは京都弁混じりの柔らかい大阪弁で教えてくれた。

30年来の常連・天雲一裕さんは店の魅力について「落ち着いた空間とおいしいコーヒーを求めてここに来ます。 “雑な喫茶店”が増えている中でここだけは変わらないんですよ。音楽や芸術について教えてもらえるのも勉強になりますね」と話す。

会社員時代は仕事で国内外を回り、各地の喫茶店も行ったという天雲さん。「目的によって喫茶店を使い分けますが、ここは憩いの場所。憩いの友達がマスターでありコーヒーです」。

 

途中、方言の話で盛り上がり「京都なまりの大阪弁は『高槻弁』ていうんですよ。昔ね――」と由来などを説明する吉田さんに「へえ」と感心しながら聞き入る常連客のみなさん。

押しつけない 吉田さんらしいアドバイス
お客さんと話すネタは芸術に限らず、介護など身近な話題も多い。「同世代で同じ課題を抱えている者同士だし、マスターは聞き上手だからついしゃべりすぎてしまう。『こんなことがあったけどどう思う?』って聞いたら『そんな力入れてたらあきまへんよ』なんて、うまいこと言うんですよ。茶化されて嫌な時もあるけど、後で思い返すとそっちの方がいいんです」と話すのは元教員の常連さん。

「お客さんに合わせすぎないんです。ケンカになりかけたこともありますけど、そのうち皆さんも私の性格を分かってくれる。いろいろ含めて楽しんでますよ」と吉田さんは笑う。来店をきっかけに新しい趣味を始める人もいて、中にはこんなエピソードも。「お客さんと話してたら車が好きと言うから『車のパンフレットに線をなぞってみたら?』って言ったんです。そしたらやってきてくれたので、じゃあ次は白い紙に描いてみましょうか、次は水彩、次はアクリル――、って来店される度に言うてね。通信教育みたいな感じですね」。決して押し付けない吉田さんらしいアドバイスは、一歩踏み出す勇気を優しく後押ししてくれる。

定年後、美味しいコーヒーが飲める喫茶店を探していたとき、偶然見つけたという古家さん。「最初は一人で来ていましたが、今では妻と一緒に週に一度ランチの後必ずここに来ます。週に一度の楽しみですね」

 

通うようになってからはマスターに絵を教わりはじめた古家さん。「車が好きで今までに16枚書き上げました。最初は水彩画からはじめて、油絵もチャレンジしています」

ほどよい距離感が 居心地の良さ
一方で先ほどの天雲さんは長年の常連にも関わらず、吉田さんと言葉を交わすようになったのはつい最近という。「昔は奥の席に座っていたんですが、2年前に退職してカウンターに座るようになって初めてしゃべりました」と天雲さんが言うと「そうですね。でも30年の親友みたいに思っていますよ」と吉田さん。静かに過ごしたい人には話しかけず、しゃべりたい人とは会話を楽しむなど、それぞれにほど良い距離感が訪れる人の心を癒すのだろう。

カウンター周りには絵やオブジェといった吉田さんの独創的なアート作品も飾られ、意外な一面も垣間見せる。「きっかけとかはないんですけど、なんかひらめくんですよ」。

控えめでありながら、味わうほどにその魅力に気づかされる――シューベルトの音楽のような空間がここにある。

BGMは「シューベルトに限らずその日の気分で決めます。管弦楽やオペラなんかもかけますね」。客には音楽ファンも多く、コンサートのついでに立ち寄るプロ奏者や地元の音楽家にも親しまれている。

趣味で始めた創作活動は絵画、樹脂や紙粘土のオブジェ、ランプシェード、バッグなど幅広く、最近では児童文学に初挑戦。絵画以外はほぼ独学というのにも驚かされる。

[取材協力] 秀辺留豆 シューベルト

住所
高槻市上田辺町1-17
電話番号
072-683-2039

記事内の情報は取材当時のものです。記事の公開後に予告なく変更されることがあります。