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− この人にFOCUS − 富田団地で醸造所を立ち上げ 世界で愛される「SAKE」を目指して

2024.04.04
富田団地にある足立農醸の醸造所。真新しい
醸造設備がフル稼働するときは目前に控えている。

 

大阪で生まれ育ち、アメリカで日本酒に魅了された一人の若者が小さな醸造所をオープンした。足立農醸の代表者である足立洋二さんは、高槻の富田団地の一角に拠点を構え、世界に通用する日本酒とクラフトサケの醸造を目指している。なぜ現在の取り組みを始めるに至ったのだろうか?

アメリカで受けた衝撃から酒づくりの世界へ飛び込む

現在33歳の足立さんは、酒づくりと出会う以前は競泳選手として活動。大阪府内の強豪校を卒業後に武者修行で単身渡米するほど打ち込んでいた。そんな水泳一色の人生は、日本酒との出会いで大きく変わることになる。あるとき日本の両親から送られてきた1本の銘酒を飲み、「日本酒とは、こんなに旨いものなのか」と衝撃を受ける。さらにその後、現地の和食レストランで日本酒を楽しむアメリカ人の姿を見て、「日本酒は世界でも通用する、自分も酒づくりに携わってみたい」との考えをより強くした。

心機一転、酒づくりを学ぶため帰国した足立さんは、まず日本酒に詳しくなるために神戸の日本酒バーで働くことに。しかし、日本人とアメリカ人との嗜好に大きな違いを感じたという。「日本ではお得感が重視され、アメリカで見た『豊かな体験に価値を見出す』嗜好とギャップがあると感じました」。

青森の酒蔵で学んだ3年半強固に築いた「海外目線」

そんなとき、足立さんに転機が訪れる。勤務先からの紹介で、酒蔵で1週間の醸造体験ができる機会を得た。その酒蔵とは「陸奥八仙」で知られる青森県の八戸酒造。2021年世界酒蔵ランキングで1位の座を獲得した著名な酒蔵だ。

「貴重な体験ができましたが、酒づくりを理解するのに1週間は短すぎました。そのことを醸造責任者の常務取締役に正直に伝えると、『良ければうちで働かないか?』とのご縁をいただいたんです」。

そうして、八戸酒造で働くことになった足立さん。情熱を傾けて取り組むなか、「より深く知る為に1年目からタンク1本を任せてもらえませんか?」と自らお願いをして酒づくりがスタート。足立さんは当時品種名が未定だった新たな酒米(のちの「吟烏帽子」)を選び、試行錯誤の末に自らの酒を完成させた。しかもその酒は各酒蔵がしのぎを削る「全国新酒鑑評会」へと出品する内の1本に選ばれたのだ。

残念ながらその国内の鑑評会での結果は振るわなかったが、フランスで毎年開催される鑑評会「KURA MASTER」では、金賞よりさらに上のプラチナ賞を受賞する快挙を成し遂げた。「国内では評価されなかった個性の強い酒が、海外では高い評価を受けたんです。この経験で『海外の人にお酒を楽しんでもらう』原点をより強く意識するようになりました」。

米づくりにも挑戦あえて選んだ険しい道

青森で3年半の修業を積んだ後、帰阪した足立さんは兵庫県丹波市の西山酒造場で働きながら、独立の準備を進めていった。そこで挑戦したのが耕作放棄地で行う米づくりだ。

「将来はスイスで酒づくりをするつもりなので、米の栽培から一貫して行う酒づくりは必要なチャレンジだったんです。米農家がいない地域を想定して、あえて耕作放棄地を選びました」。

台風や天候不順、獣害に悩まされながらも、秋には豊かな稲穂が実った。収穫した米を古巣の八戸酒造へ持ち込み、足立さん自身も泊まり込んで酒づくりを行うことに。そうして完成したのが足立農醸の第一作目「KOYOI(こよい)」だ。初年度と2年目に1500本ずつ仕込み、いずれも完売するほど好評を博した。

丹波の耕作放棄地での酒米づくりも行なった。地元の人が「ここで米づくりは無理」とさじを投げた土地を再生。一年目から稲はすくすくと育っていった。

 

『KOYOI』も『MIYOI』も八戸酒造の酒蔵を借りて、足立さん自身が丹精込めて作りあげた。「よりシンプルに、より良いものづくりを」との杜氏の教えを吸収し、現在の酒づくりの礎となっている。

目指すは世界一!富田の団地から始まる挑戦

高槻市牧田町の富田団地の一角にある足立農醸。醸造所とバーが一体型になっている。営業時間は11時〜20時。火・水曜定休。店内で楽しめるほか、甘酒やお酒を購入することもできる。

2023年10月、足立さんは高槻市にあるUR富田団地の一角に新たな拠点をオープンした。良質な水に恵まれ古くから酒造業が盛んな高槻に拠点を構えようと、最適地を探しているうちに偶然、空き物件を見つけたのだとか。団地の中で行う日本酒づくりは全国でも類を見ない。

醸造所でもありカフェバーでもある店内に入ると、大きなガラス窓の向こうに醸造スペースが広がる。酒づくりの様子をあえて見せる大胆なスタイルだ。「作り手の顔が見えて、ギャラリーのように楽しめるオープンな空間にしたい」と足立さんは意図を語る。

現在、足立さんは酒造免許を申請中で、認可が下り次第、この場所で海外向けの「MIYOI(みよい)」と国内向けのクラフトサケである「MIYOI Craft」の醸造に取り掛かる。クラフトサケは徐々に注目度が高まっている新ジャンルだ。許可が下りるまでの間は、「酒づくりの基本」と言われる麹(こうじ)づくりに精を出している。その麹を使い提供されるノンアルコールの甘酒は、団地や近隣に住む人たちから好評だ。

これまでに発売した商品と、新作「MIYOI(みよい)」(右から2番目)。特製甘酒は麹の食感も楽しめるフルーティーな味わい。

今後はしばらく富田を拠点に活動を続け、5年後、38歳の時にスイスで酒づくりをスタートさせる計画だ。来るべき挑戦に備え、足立さんは日本酒の舞台でも表彰台に上る姿を思い描いている。

「まずは海外の鑑評会『SAKE CHALLENGE』で金賞を獲るのが目標です」と語る足立さん。これからの活躍に期待したい。

インタビューに応じる足立さん。過去の苦難も「おもしろい経験」と考え乗り越えてきた。

【足立農醸】
高槻市牧田町7-55-109

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記事内の情報は取材当時のものです。記事の公開後に予告なく変更されることがあります。