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シティライフアーカイブズ【北摂の歴史記録】第25回 吹田のだんじり二百年の歴史

2020.04.18

現在、そして未来にもつながる過去の情報を取材、編集し、記録する特集です。北摂の歴史から、私たちの住むまちの魅力を学び知る機会になればと思います。第25回は「吹田のだんじり」について紹介します。

歴史案内人
関西大学文学部4年次生、中村文香さんと1年次生、赤坂怜美さんがだんじり戎や浜屋敷、だんじりの専門家らに
取材しました。

毎年7月の吹田祭りの主役のひとつはだんじりだ。毎年6台が登場し、市内を練り歩く。規模や知名度は全国的に有名な岸和田のそれとは比べ物にならないが、意外なのは吹田のだんじりの古さ。岸和田が大正以降のものが多いのに比べ、吹田は江戸時代までさかのぼり、さらに15台もあった。また船渡御も執り行われており、吹田市の隆盛ぶりがうかがえる。今回はそんな吹田市のだんじりの歴史をたどった。

泉殿宮のだんじり
吹田のだんじりと最初に出会ったのは、阪急吹田駅から徒歩5分のところにある泉殿宮(いづどのぐう)という古い神社だった。別の取材で訪ねたが、境内入って左奥に奇妙な建物を見つけた。中には、柱に巻き付いたり屋根の上からこちらを覗く動物などの彫刻を備えただんじりが鎮座していたのだ。

神社の方に話を伺ったところ「もともと西の庄町で曳かれていただんじりが、曳かれなくなって地元であるこの泉殿宮に奉納された。戎社になったのは昭和30年代。泉殿宮でもそのころ今とは少し離れたところにあった戎社の建物がボロボロになって、建て替える必要があり、遷宮の時にそのだんじりをお社として使った」という。

浜屋敷にあるだんじり庫。毎年、吹田まつりの時に曳行する「地車」6台のうち1台を展示。現在は川面町にあるだんじりが展示されている。

7台とも製作は江戸末期
ところで、この戎社に使われているだんじりは江戸時代の末期、天保年間の製作だという。しかも吹田にはこのだんじり戎と同じ江戸時代生まれのだんじりが7台、今も現役で曳かれている。一方、岸和田で現在現役で曳かれているものは大正時代の建造という。きしわだのものは「けんか祭り」といわれるほど激しいものなので、消耗も激しいのかもしれない。

都呂須

川面町

神境町

西奥町

浜の堂

六地蔵

第2回(昭和46年)の吹田まつりで40年ぶりに高浜神社から繰り出された。写真(昨年のようす)は今年の7月29(土)、30日(日)の吹田まつりでも曳行(えいこう)される6台のだんじりだ。市指定の有形民族文化財に指定された貴重なだんじりの、年に一度の晴れの舞台となっている。

だんじりは大火事が転機
吹田のだんじりが始まった経緯にはある火事が関係してるという。吹田では江戸時代、1690年に六地蔵焼け(ろくんどやけ)と呼ばれる大火があり、その際に高浜神社という神社が焼失し、その再建の際にだんじりも製制修理されたという説だ。実際、高浜神社を訪ねると、本殿に施されている竜の彫刻などが、だんじり戎や吹田の地車に施されている彫刻と、雰囲気がよく似ている。

経済力で豪華絢爛
こうした神社の発展やだんじりの誕生の背景にあったのが、吹田の経済力だった。元高校教諭で「兵庫だんじり研究会」の村岡眞一さんによると、吹田は江戸時代から川の開削により川筋に港町ができ、豪商が集った。米もよくとれたことから経済的に恵まれ、立派なだんじりを作ることができたそうだ。

「兵庫だんじり研究会」の
村岡眞一さん

華麗な彫刻
村岡さんによると、そんな経済力はだんじりの彫刻に反映されている。例えば四天王寺や大阪天満宮にも作品が収められている、大阪のトップクラスの彫刻師、小松源蔵。小松一門の七代目で、幕末から明治にかけ活躍し、「社堂・御彫師」の看板を掲げ地車・寺社などに名作を刻んだ。浜ノ堂西奥のだんじりを彫ったのは源蔵である。だんじりの形態は、江戸への参勤交代で使った御座舟を見本にしたものだといわれる説もある。

川面のだんじりは、彫物師として有名な相野藤七が手がけている。どっしりとしたケヤキの木に、神獣や、仙人、ウサギなどが躍動感のある彫り物。題材は、それぞれがストーリーのある彫り物となっている。

奄美に渡った南町のだんじり
川面のだんじりは、相野藤七によって作られた。特徴として仙人が多く彫られ、またふんどしをはいた鬼なども隠れたところに彫られている。 数奇な運命をたどっただんじりもある。吹田市南町で曳かれ、市内の原野農芸博物館に渡り、奄美大島に渡っただんじりだ。

マニアがわざわざ奄美まで見に行くほど立派なものだったが、2010年の集中豪雨による土石で壁に押し付けられた状態になり、泥による汚損、変形などの被害を受けた。その後、クリーニング作業などが行われ、現在は解体された状態で、どこの部材だったのかを特定し資料化する作業が続いている。

この調査の過程で初めて小松源助という彫り師の銘が見つかった。小松一門の彫刻師で、同じ銘が入っただんじりがあるという縁で2015年、奄美のだんじりの一部が大阪府大東市で展示された。50年近い時間と1000キロの時空を越えた「里帰り」となった。

取材を終えて
ふとしたことで見つけただんじりから、取材を始めたが、いろいろな背景も見えて興味深かった。とりわけ奄美に渡り、豪雨被害で偶然その作者が判明した「だんじり物語」には歴史の面白さを感じた。
関西大学文学部4年次生 中村文香、1年次生、赤坂怜美

記事内の情報は取材当時のものです。記事の公開後に予告なく変更されることがあります。