-豊中市-『このミステリーがすごい!』大賞を受賞! 北摂で過ごした日々が小説の舞台に 土屋うさぎさんのデビュー作『謎の香りがパン屋から』
2024.12.27
箕面市出身で漫画家の土屋うさぎさん。昨年から、小説家としても執筆活動を始め、デビュー作の『謎の香りはパン屋から』で第23回『このミステリーがすごい!』大賞(以下『このミス』大賞)を受賞した。同作はベーカリーで働く漫画家志望の大学生が“日常の謎”を解くという連作ミステリー。土屋さんが大学在学中に、約3年半働いていたという豊中市のベーカリーをモデルにしている。
大学生活で感じた違和感が漫画家・小説家を目指すきっかけに
2023年に漫画家としてデビュー。数々の漫画賞への入選や受賞、『ジャンプSQ.』への掲載など、漫画家としても活動中の土屋さん。小説を書き始めたのは、大学休学中に漫画家のアシスタントを務めたことがきっかけだという。
高校生の頃から漫画家になりたいという夢は持っていたが、決心はつかず、「募集定員が多いから」という理由で大阪大学工学部に進学。「学生生活や一人暮らしの経験が、いつか創作活動につながるかもという思いもありました」。入学後は高校から続けていたダンスサークルに所属。「個性的なメンバーが集まるサークルで、練習の終わりに石橋商店街のガンガ マハルというインドカレー店や、ちょっと背伸びをしてオルガンというバーによく行っていました。万博記念公園で大縄跳びしたことも」と振り返る。
楽しいサークル活動の一方で、工学部の授業では周りとの温度差があったそう。「3年生のとき、コロナ禍でオンライン授業になって、ついていけなくなりました。みんな同じだと思っていたら、周りの友だちは問題なく進めていたことにびっくりしました」。工学部の先に目指すものがなかった土屋さんと、学びたいことが明確な友人たち。「中途半端な志じゃダメだと思い、進路を考え直すきっかけになりました」。
大学を退学し漫画家デビューの道へ
研究室に所属するための重要な単位を落としてしまったことが決定打となり、4年生から休学することに。それから、「漫画家を目指す」という決意が生まれ、道具一式を揃え、アシスタントに応募。「背景を描いたり、トーンや色をつけたり。『次も頼みたい』と言ってもらえることも増え、自信につながっていきました」。翌年、大学には戻らず退学を決意。「アシスタントとして技術を身に着けていく中で、入選や佳作の受賞もあって、漫画家の道へ進むという確信がもてました」。
あるとき、師事していた、おぎぬまX氏が小説を執筆しているということを知った。「漫画家は漫画だけと思っていたのが、『なんでもやっていいんだ』と考えが広がりました。大学で勉強をあきらめたことが引っかかっていたので、創作活動は納得いくまで突き詰めようと、先生にならって執筆活動もはじめました。『このミス』大賞に応募したのは、評価のポイントが広く、腕試しにぴったりということと、先生が最終選考で落選したので敵討ちの思いもありました」。
「パン×ミステリー」は学生時代のアルバイト経験から
執筆をはじめて約1年で完成させた同作品。「ミステリーとギャップのあるものを組み合わせたかった」と題材に選んだのは、大学時代にアルバイトをしていた豊中市にあるLOAF Bakery。「登場人物も、当時一緒に働いていた人たちを参考にしています」。登場する哲学的な店長は、実在する店長の「パンは生きているからな」という発言からインスピレーションを受けたという。親友の由貴子やギャルのレナ先輩、社員の福尾さんも、実在する人物に限りなく近いキャラクターだ。
「思い出のカレーパン」という章で登場する店も、実在するベーカリーがベースになっている。「トリコは蛍池にあるトリーゴ。メルンは岡町のBOULANGERIE DE MELK(ブーランジュリーメルク)。ジローパンは石橋商店街のタローパンで、青色の外観が特徴のル・マレは柴原阪大前駅近くにあるPane Volare(パネ ヴォラーレ)をモデルに」。土屋さんが食べ歩きをした際に思い出に残っている店舗だという。大賞の選考理由に「いきいきとした会話、テンポのいいストーリーテーリング、小説全体の空気感が魅力的」という書評もあり、学生時代の経験が色濃く反映されている。
漫画がくれた特別なワクワク感が創作活動の原点に
子どもの頃から「本がある生活が当たり前」で、読みたい本は両親が買ってくれた。しかし、漫画の単行本は小遣いから購入していたため、弟とまわし読みしていたそう。「休み明けの月曜日も、ジャンプの発売日という理由でクラスのなかでもテンションが高かったです」。特に、『暗殺教室』や『ハイキュー!!』、『ワールドトリガー』がお気に入りで、学校の友達と好きな漫画について語り合うのが何よりの楽しみだったという。「今度は自分が誰かに感動や楽しさを与えられる存在になれたら、幸せだなと思います」。漫画を見ると思い出すワクワク感や幸福感が創作活動の原動力になっている。
漫画と小説ともに一生の仕事に
今後も漫画と小説の二刀流は続けていきたいと話す土屋さん。同時進行が難しそうだが、「ごはんを食べるのを忘れるくらい集中するので、午前は漫画、午後は小説と、分けることで時間の管理ができる」と話す。そんな土屋さんが創作活動で愛用しているのはipad。「寝る直前やひらめいた時にすぐに入力できる」フリック入力がぴったりだという。
執筆活動に欠かせないipad。担当編集者がびっくりするほどのスピードで入力するそう。
創作方法に違いがあるが、「読者を楽しませたい」という部分は共通していて、二刀流であることが作品に良い影響も与えているそう。「今回の小説には、漫画のようなコメディ部分を多く入れていて、漫画家としての経験が生きていると思っています」。まだまだ書きたいことがたくさんあるという土屋さん。「漫画、小説ともに一生の仕事になればいいなと思っています。
今後は大学時代のダンスサークルのことなども書いてみたいですし、ミステリーに限らず、いろいろなジャンルに挑戦していきたいです」。
謎の香りはパン屋から(宝島社)
発売日:1月10日(金)発売
価格:1,650円
判型:四六並製
土屋 うさぎ
『このミス』大賞を受賞した時に書き下ろしたイラスト。「なんとも言えない表情が気に入っています」。
<プロフィール>
1998年8月、大阪府箕面市生まれ、東京都府中市育ち。大阪大学工学部 応用理工学科中退。2023年『あぁ、 我らのガールズバー』で集英社・第98回赤塚賞準入選。同年『見つけて君の 好きな人』で小学館・「創作百合」漫画賞佳作。2024年『文系のきみ、理系 のあなた』で一迅社・第30回百合姫コミック大賞翡翠賞。「ジャンプSQ.RISE 2024 SPRING」に『ORB』掲載。2024年10月、小説デビュー作の『謎の香りはパン屋から』で、「第23回『このミステリーがすごい!』大賞」(宝島社)を受賞。好きな作家は、辻村深月、有川浩。
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